destiny 【運命】

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2014年5月―― 私は名古屋市熱田区にある国際会議場のエントランスを抜け、4号館の白鳥会場を探し求めて大規模な多目的ホールを彷徨っていた。 ガラス張りになった長い通路を歩き、ふと左下に視線を落とすと、白馬に乗った将軍の巨大な石像が映り込んだ。 「あれが国際会議場のシンボル…騎馬像か。全長約9メートルって聞いたけど、確かにデカイ」 その将軍の横顔をマジマジと見た後、再び手もとに目線を戻す。 手にする雑誌の表紙に書かれているのは、『日本消化器学会中部地方会』の文字。 「騎馬像が左下に見えるって事は…このまま真っ直ぐ行けばいいのかな。…あれ?向き反対?あー、もうっ!会場が広すぎて迷子になるわっ!」 私はプログラム集の4ページ目、あと数年したら見えなくなりそうな小さな文字の会場案内図を反転させながら、苦々しく眉間にしわを刻んだ。 窓の向こうは五月晴れの澄んだ空。 そんな気持ちの良い休日の朝っぱらから、一人ぶつくさと文句をたれている女――― 私の名前は、澤原 唯、39歳。救命救急外来に勤務する18年目看護師。 今日は月に一度しかない貴重な土日休みの初日。 本来なら、家族4人+トイプードルのプリンちゃんの家族5人で、のんびりドライブがてらアウトレットモールにでも出かけようと思っていたのに… 「全く綾子のヤツっ!また私に自分の仕事を押し付けやがって…この恨み、帰ったら100倍返しだっ!!」 普段着なれないグレーのスーツに身を包んだ私は、ヒールの踵と鼻を鳴らして人のざわめきが聞こえる会場へと向かった。
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