【明日のために】

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彼と彼女の出会いは、数年前のことだった。 彼女が何気なく目にした本。 それは悪魔召喚の儀式が書かれた魔本。 彼女の知らない言葉で書かれたそれに引き寄せられるように、彼女はその儀式を試してしまった。 魔力を保持する人の少なかった時代。 彼女は本人すら知らない魔力を有していた。 彼は、そんな彼女に召喚された。 ほんの気まぐれだった。 彼は、本来簡単に召喚されるような悪魔ではない。 ただ地獄に退屈していた、ただそれだけだった。 そして、彼と彼女は出会ってしまった。 それが悲劇へのカウントダウンと気づかずに。 彼女は清らかな少女だった。 長い金髪は光に照らされて、揺れるたびに花の香りがした。 緑の瞳は、淀みきった世界すらきれいに浄化させた。 本来、悪魔とは無縁そうな彼女。 彼は最初、彼女を見たときに「げっ」と呟いた。 明らかに心身ともに清らかそうな娘だったからだ。 処女の血が弱点の彼は、早々に立ち去りたかったが、それが出来なかった。 厄介だと思うと同時に、どうしても彼女の魂に惹かれてしまう。 それが何故なのか、彼には分からなかった。 本気で一目惚れをしてしまうとは、予想もしなかったのだ。 清らかな彼女は、悪魔である彼を嫌悪することもなく、笑いかけた。 物知りな彼は、彼女に嘘を教えた。 喚び出した悪魔は、地獄に帰せない。 死ぬまで一緒だ…と。 死んだらその魂を食うと。 そう聞いても、彼女はただ笑って頷いた。 孤独だった彼女は、家族ができるのを喜んだ。 彼は、人間の姿を偽り、彼女とともに暮らした。 彼女と彼が周りから恋人同士と思われるのも仕方のないことだった。 一緒に暮らすうちに、彼は様々な彼女を知った。 処女ではないこと。 理不尽すぎる世界を愛していること。 両親を幼い頃に異端狩りで亡くしていること。 意外と頑固で気が強いこと。 雷の鳴る夜には怯え、一人で泣いていること。
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