掌の魔法

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 シトシトと雨が降る中、工房の中にはガラスにペンを走らせる音だけが響く。  慣れ親しんだ人との別れというのは、いくつになってもやっぱり寂しいもので。  あれだけ煩いと思っていた親父がいなくなっただけで、ここ石田工房もすっかり静かになっていた。  元々従業員は親父と俺の二人だけだったし、最近の作業は殆ど俺一人がやっていたから、劇的に何かが変わったかと言うと……特に変わらないんだけどさ。 『お前の作るものには魂が残らない。つまらない物ばっかり作るならやめちまえ!』  未だ耳にはっきりと残っている罵倒も、今思うと妙に懐かしかったりする。 「そんな精神論は聞き飽きたよ。大体気持ちが篭ってるかどうかなんて、どうやって評価するんだ?」  そうやって俺が適当にあしらっては困ったような顔を浮かべていたっけ。まぁ、結局親父の言う精神論はわからないままだったんだけど。  親父の居ない非日常が、当たり前となる日常へとシフトしていくのが分かる。  カランとカウベルが鳴ったのはまさにその最中‐サナカ‐で、俺はこの日常を日常とするために、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
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