嘘のはじまり

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  「嫌な男」 言う私に、篤哉は小さく笑う。 心地よい訳でも、気まずい訳でもない、不思議な空気。 「じゃあ、な」 エレベーターが1階に着いて、私の頭を軽く撫でて先に行く篤哉の背中を見送る。 随分と、頼もしい背中になったものだ。 そりゃそうか。 別れた時は、20歳になったばかりの頃。 でも、今は十二分にオトナのオトコなんだから。 ……そう言えば、篤哉と別れた時は、すぐに泣けたよなぁ。 泣いて、泣いて。 大学の講義も休んで。 今は出来ない事。 オトナになった今、簡単には泣けない。 泣けるけど、昔と同じ様にはいかない。 独りで泣くしかないから。 ご飯を食べて、後片付けをして、お風呂に入って。 あとは寝るだけ。 さぁ、泣きましょう。 なんて、思って泣けるもんでもないんだなぁ。 部屋にある、アイツとの思い出の品を見ても、揺れない心。 泣くのって、難しかったっけ?? フラれてから時間が経ち過ぎた? いやいやいや、まだ5日しか経ってないから。 タイミング、逃したのかなぁ? まぁ、泣こうが泣くまいが、失恋した事実は変わらないんだけどね? 何となく、泣く事で一つの区切りになる気がする自分も居たんだけど。 ……ダメだ。 泣こうと思って、泣くもんでもないのか。 何だかなぁ。 「寝よ」 気合入れて、泣く準備したのに。 バカみたい。 もういいや。 3回目だもんね? 浮気されての別れ方。 流石に3回も同じ事繰り返すと涙って出ないものなのかもしれない。 あぁ。 でも、3回も同じ別れ方するって事は、私に問題があるのか。 そっか。 布団に入って、電気を消して、ゆっくり目を閉じる。 暗闇と静寂。 ふと、涙が零れた。 泣こうと思った時は零れなかった涙が、次から次へと溢れてくる。 締め付ける何かもなく、どこかが痛くなる訳でもなく、ただ、静かに涙が零れた。 小説とかで読んでて嘘だと思ってたけど、本当にヒトって、自然と涙が溢れる事ってあるんだな。 なんて、どこか他人事の様な事すら考えて、でも、止まらない涙。 暗闇の中起き上がって、自分の頬に触れれば指に水滴が伝う。 好き、だったんだ。 やっと、感情が涙に追いつく。 締め付けられる何かと、小さな痛み。 考えることを放棄して、感情に任せて、 ただ、泣いた。  
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