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コツコツと激しく地面に打ち立てるその音は、背後から俺に近付く。
そして、ヒールの音が鳴り止んだ瞬間、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「川野さん!」
この声を、もちろん俺は忘れていなかった。
振り向くと、そこには傘をささず雨に濡れた雫ちゃんが、息を切らしながら立っていた。
「ちょ……雫ちゃん!」
彼女が突然目の前に現れたことにも、雨でびしょ濡れになっている姿にも驚いた俺は、彼女との間にある短い距離を慌てて走り駆け寄った。
「こんなに濡れちゃって……」
今さら彼女の頭上に傘をさしたところで、こんなにも濡れていたら意味はないかもしれない。
「とりあえず、このままにしていたら風邪を引くからどこかに……」
「川野さん。この間のお話、まだ間に合いますか?」
彼女は雨で濡れていることなど全く気にする素振りは見せず、ただ真っ直ぐ俺を見上げた。
「あれから私、凄く考えたんです。川野さんに僕と恋をしてみないかって言われたとき、すぐに答えを出してしまったけど……ちゃんと自分の気持ちに向き合っていなかったんじゃないかって思って……」
濡れた前髪から、雨の雫が一筋、彼女の頬に流れ落ちた。
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