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私は、腕の時計に視線を落とす。
離れていた時も、一緒に居るときも、共に時を歩んだ時計。
これからも、ずっと、ずっと、刻み続ける──。
八月の入道雲の白と、どこまでも澄み渡る青い空。
白亜のチャペルに響く、鐘の音。
深紅の絨毯の上に、純白のウェディングドレスの花嫁。
神父の傍らには、リングピローが真新しい椅子に鎮座している。この椅子は二人がデザインしたもので、事実上、初めての共同作業であった。
花嫁の隣に立つ、タキシード姿の新郎の美しさに、まるでドラマのワンシーンなのではないかと思うほど。
私の結婚式なのに、客観的に見てしまうのは、どこかでまだこの状況が信じられないからだと思う。
高嶺の華の貴方と、野に咲く普通の花の私。
そんな私を見つけてくれて、守ってくれて、ありがとう。
──好きになってくれて、ありがとう。
私は、私というアイデンティティーを、貴方を好きになってから得た気がする。
「…病める時も健やかなる時も、
共に歩み、他の者に依らず、
死が二人を分かつまで、愛を誓い…」
神父の声がヴェールの向こうで聞こえる。
私は「誓います。」と応える。
微笑む彼の姿が、涙とヴェールで霞んで見える。
「…また泣く。」
彼が小声で言った。
「ごめん。」と短い返事をし、彼の誓いの言葉を耳に焼き付けた。
指輪をお互いに交換する時、緊張に指が震えて笑われた。
誓いのキスの場面では、ヴェールを上げたら、すでに泣き顔の私に、さえこと望の笑い声が聞こえた気がする。
式が終わり、チャペルから披露宴会場まで一般開場された庭園を歩く。
いつも以上に視線を集める櫻井さんに、女として若干嫉妬する。
すれ違った二人連れの若い女性が言った。
「ね、新郎、すごい美形!」
「花嫁さんは普通だったね。」
「何で彼女を選んだのかな。」
「理解不能、でも──。」
「二人とも、ものすごく幸せそうだったよね。」
きっと、これから先も私たちは変わらない。
彼が↑(格上)で、私は→(普通)。
けれど、お互いがお互いに与える愛情と、幸せは、至高であり、唯一無二のものだ。
「聞いた?」
櫻井さんが、意地悪く聞いてくる。
「聞いた。」
私は唇を尖らせ、答える。
「果夏。」
「ん?」
彼は悪戯に微笑み、尖った私の唇にキスをした。
【完】
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