第1章

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「あ、妻夫木くーん、ごめーん、待った?」 「待ったって?当然待ちました。お前にメールを送ったあの時刻から今まで、きっちり一時間待ちました」 「だよねー。私もそう思ったんだけど、もしかしたら妻夫木君が、『いや、全然。今来たばっかりだよ』とか言ってくれるかなーって」 「言うか!」 「でもそれが恋する男女の決まり事でしょ?」 「いや、恋してないし」 「そんな即答しなくても」 「だいたいおまえさ、人にアパートまで来いって呼び出しておいて、ヤッてんなよ」 「あ、やっぱ来てた?そんな気はしたんだけどさ。しょうがないじゃん、突然来るんだもん」 「俺がか?」 「あっちがよ」 「断われよ。友達が来るからとか言って」 「断わったよ。だけどいきなり上がり込んできて玄関先で襲うんだもん。『ちょっとやめてよ』って言ったら余計興奮しちゃったみたいで、もう相撲で言えば『寄り切り』?って感じでガァーっときて、そんでもって、くるっと私を半回転させて後ろからまたガァーって」 「ったく。そもそもお前、試験勉強で手が離せないから、って言ってただろうが。だからわざわざ頼まれてたノート届けに来てやったのに」 「いや、ホントに試験勉強してたんだって。彼から電話があったときも、今日は駄目ってちゃんと断ったんだよ」 「ふーん」 「でもさ、ダメって言うとなんか燃えちゃうみたいでさ。本当の『駄目』と、バッチこーいの『ダメ』と区別がつかないんだもん。やになっちゃう」 「パブロフの犬かっつーの」 「ねえ、結構聞こえてた?」 「何が?」 「アノ声」 「はっきりとは聞こえなかったけど、息遣いとか、不自然な物音とかは聞こえたなぁ」 「やば。ちょっと気をつけよ」 「ヤルならちゃんとベッドでやりゃいいじゃねぇか」 「いや、最近ちょっとマンネリなんで」 「アホか」 「でもねでもね、今日は一段と感じちゃったんだ。『あ、妻夫木君が来ちゃう、来ちゃう、どうしよう』とか思ってると、こうなんかカァーって火照ってきて。エレベーターが止まる『チン』っていう音が聞こえる度に『キュッ』って締まっちゃうのよ」 「おれ、いいようにネタにされてるな」 「でも、お陰様で、スッキリサッパリ。これで試験勉強もはかどるわ」 「結局お前がしたかったんじゃん」 「いいのいいの、終わり良ければ全て良し、って言うでしょ?」
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