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窓から射し込むやわらかな月明かりの下で、一心不乱にペンを走らせていた。
ペンを走らせるその激しさはまるで取り憑かれたかの如く、
最早彼が走らせているとは思えないほど、激しい。
「……っ!」
手に熱を入れすぎた余り、握っていたペンを落とす。
そのせいか、ペンで書いていた線は大きくズレを生じさせた。
「……ふぅ」
ペンを落としたために、男『日暮夕凪(ひぐらしゆうなぎ)』は幾分か冷静になった。熱のこもった手を落ち着かせるように、ゆっくり息を吐く。
夕凪はイラストレーターである。
何者にもとらわれない自由奔放かつ純真無垢な画風には、若手ながら評価が高い。
しかし最近、『夏の風景』というテーマで描いてみたものの、これといったいい絵が描けなくなっていた。
俗に言うスランプだ。
「……うーん、どうしたものか」
ふと、先ほどまで描いていたそれに目を向ける。
それは、田舎の、どこかで見たような風景の絵だった。
しかし先ほど、手元を狂わせてペンを落としたことで、不自然に線が歪んでいるのが目立っていた。
「…………」
鬱陶しそうに、その絵を破り散らす。
破るのはゴミを増やすようなので、あまり勧められないが、夕凪はこうでもしないと気が済まなかった。
失敗を出来るだけ、忘れたいからだ。
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