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音の残り香を吸い込むみたいに、私は忘れていた呼吸を思い出した。
「すごかった……!」
パチパチと思わず拍手を送ってから気付く、もっと気の利いた台詞も言えただろうに。
曲のクライマックスに、エッジの効いたエレキギターの音がまるでナイフみたいに空気を切り裂いてるようだったとか。
そのくらいは言うべきだったんじゃないか、って。
や、音楽を全然知らない私がそんな知ったかぶりを言っても嬉しくないか。
ギターを抱えたまま腰を下ろした彼は、ニッと笑って拳だけを突き出して。
「サンキュ、それだけで嬉しいわ」
その言葉に拳に応えるのに身体を乗り出して、片手を床に付きながらもう片手で拳を軽くぶつける。
「いや、最後に聞かせられて良かったわ」
「最後?」
その言葉につい首を傾げる、何が最後なんだろうと。
「もう弾くの止めるんだ」
少し目を伏せて、傍らに置いたギターをそっと愛おしそう撫でながら。その姿は、ずっと前に私に見せた顔と同じで。
掻き鳴らされた鋭い音なんかより、私の胸を抉る。
諦めたくないのに、なんで。とは私には聞けない。
「崖っぷちで踏み止まっちゃいたけど、もう夢を語るには……なぁ?」
ギターから手を離せば、後ろに倒した身体を両手で支えながら天井を仰いで。
最後には泣きそうなくらい震えた声で、苦笑いしながら問い掛けて来る。
遅咲き、なんて言葉もあるけれど。音楽の世界もやっぱり芽が出る人間は早くに出るんだろうか。
私自身、ハタチになる前に自分の夢を捨てた人間で。
20も半ばに差し掛かるのに音楽の世界で生き続ける彼を、どんどん眩しく思っていた。
だから彼の言葉を聞いて酷く納得してしまったし、同時に酷く落胆している自分も居た。
勝手に夢を見てたんだ。
私はダメだったけど、彼なら夢を掴んでくれるかも知れないって。
そんな夢を。
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