はじめ

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「……っあの、すいません」 か細い声が上がった。 第1会議室では 大プロジェクトのミーティング真っ最中。 「どうした、遠野」 三木(ミキ)部長が、フラリと立ち上がる遠野さんに 声をかける。 「ちょっと、お手洗いに行ってきても、宜しいでしょうか」 具合が悪いのか 語尾がほとんど消え失せていた。 皆が、大丈夫かと声をかける中 彼女は、社内バッグから小さなポーチを取り出し すいません、とまた、消え入るような音を出して 会議室から、出ていった。 「調子悪かったの我慢してたのかなぁ」 「まぁ、女性の身体は繊細だしね」 「そーよー、彼女、最近毎日遅くまで、引いてるでしょ?」 みんなが納得して また、その彼女の引いた図面を見ながら あれや、これやと意見し合う。 「おい、新城、お前どう思う?」 三木部長が輪の外にいるオレに話を振って オレは、静かに笑った。 「そうですね、遠野さんの引いた図面は クライアントの希望通りのモノです 更に、彼女の繊細なアイデアが沢山盛り込まれています。 僕が目をつけたのは、ここーーー」 オレの話す内容に この場にいる皆が、息を合わせ始める。 あぁ、なるほど そうだな へー、遠野そんな事まで考えてんのか 口々に、新しい案を出し合い、彼女の引いた線に 現実的な色が塗られていく。 堪らないな、この感覚。 「さっすが、デザイナー」 「新城くん、遠野さんといいペアじゃん」 「有り難うございます」 オレはにこり、とゆっくり微笑んだ。 「僕の意向を取り入れて下さる先輩方の度量の広さのお陰です」 そう言って、頭を下げた。 「なんだ!お前、もっと自慢しろよ!」 三木部長の怒声がとぶ。 「部長、新城くんを苛めないでくださいよ!」 課長補佐の雨宮さんがいつもと同じようにオレを庇った。 オレは、そんな様子をニコニコと見守って。 「いいんです、雨宮さん、僕頑張りますから」 口から出た言葉はなんとも頼りなげで 益々三木部長の痛い視線を浴びる事になった。 「デザインは特級なのに、まるで欲がないなぁ、お前は」 ため息混じりに言った部長に、すいません、と頭を下げた時 会議室のドアが静かに開き、さっき出ていった遠野さんが 恐る恐るそこから、入ってきた。
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