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「もう好きにしたら? 朝から頭が痛くなる……」  突き放した私の目に飛び込んできたのは、悲しそうな世理ちゃんの顔。 「斑目の口車に乗せられたことは百も承知なの。愛を知って私は初めて死を知るんだと思う。……そうすればきっとようやく『彼』を理解できると思うの」 「世理ちゃんのばか……」  わたしは裸足のまま玄関に降りて、小さく震える世理ちゃんを抱きしめた。  世理ちゃんの口から『彼』というあの人を思い出させる言葉が出てくるとは思っていなかったから。  自称愛の伝道師という斑目さんは、はたして深い深い世理ちゃんの闇を払うことは出来るのだろうか。  そもそも斑目さんはどうして世理ちゃんを『選んだ』のか。  わたしにはわからないことが多すぎる。  でもこれだけはわかる。  世理ちゃんが小さく一歩、勇気を振り絞ったってこと。  階下で車のクラクションが一度だけ軽く鳴らされると、わたしは世理ちゃんをエレベーターへと送り出した。
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