第三十五話

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 敷地内に車を止めて一緒に向かった。手動のドアに鍵はなく、あっけなく内部に入れた。私はショルダーバッグからペンライトを取り出そうとしたが、柊先輩がそれを止めた。  明りの向けられている方向から居場所がわかると、警戒したからだ。私はその警告に従い、電源を切って仕舞った。そのあと私は左の壁伝いに、柊先輩は右の壁伝いにゆっくり慎重に歩いた。  いくら人の気配がないからといっても、相手は拉致監禁している人間だ。こちらに全く危害を加えずにおとなしく返すとは思えなかった。出入り口のドアに鍵がかかっていなかったのも、拍子抜けで油断させるのが目的だろう。  しばらく歩いていると、足音も気配もないままに、後ろから口元を抑えられた。最初は何かの異変に気付いた、柊先輩だと思った。しかし柊先輩の手よりも冷たく、明らかに別人だと思った。 「ようこそ遺体捜査官、朝霞瑠夢さん」  ボクと名乗った男は、身長が百七十九cmで、どちらかというと細身だ。そうは言っても見るからに鍛えているので、細身だからと言って力が弱いわけではない。逆らわない方が身のためだ。  茶髪のショートカットで、目の色は不明だ。UVカット機能でもあるサングラスなのだろうか、光の加減では黒眼にも茶眼にも見えた。  さらに服の上からは、全身をすっぽり覆うほどの黒いマントを羽織っていた。足元を見ると、ゴシックファッションというのだろうか、膝下までの黒いロングブーツを履いていた。いかにも不審人物といった感じだ。 「あなたがボクね?」 「お察しの通りです」  柊さんの目を盗み、私はちょうど写真が撮られた、その場所に連れて来られた。同じ場所だというのに、この部屋は電気がついていた。おかしいと思いながらも、舞唄に駆け寄ろうとして、傍らの装置になぜか視線が逸れた。  巨大な試験管、その中にいる少年に、見覚えがあったからだ。私はひきつけられるように、試験管に触れた。 「何も起こりはしませんよ、所詮それは失敗作ですから」  男がそう言ったので、私はそこから離れようとした。  ―やっと会えたね― 「え?」  残留思念だ。やはり彼から発せられたものだった。そう理解した時には、彼は自力で試験管を突き破って、振り返った私に飛び掛かってくる瞬間だった。
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