第1章

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父はメンズブティックを営んでいた。 若い頃からファッションが好きで今でも皮のパンツに渋いプリントシャツを着ていたりする、 お洒落な父親だ。 俺の洋服好きは父の影響だと言ってもいい。 しかし、俺が継いだのはそのブティックではなく全く興味のなかった榊不動産屋。 父は不動産屋の跡取り娘と結婚したいがために養子に入った。 しかし、ブティックの夢が捨てられず、母の後押しもあって店を開き、不動産屋を継がなかった。 そこで大人になった俺に話が回ってきたのだ。   「いやあ、泉水君が本気で引き受けてくれてほっとしたよ」 大学卒業後久しぶりに会った大叔父はずいぶん年を取って見えた。 祖父が亡くなった後それまで勤めていた会社を辞めて榊不動産を守ってくれていたのだ。   「君はほんとに兄に似ている。兄もそれはもう美丈夫だったからね」 母似だと思っていたが、親戚たちに言わせれば祖父にそっくりだそうだ。 そして榊不動産を興したその祖父が俺を後継者にしたかったらしい。   2年間大叔父の教えを受けながらどうにか不動産屋の仕事を覚え、それからは祖父の代からの事務の大橋さんに助けてもらって仕事を続けていた。   「坊ちゃん、そろそろ新しい子に引継ぎしたいですね」 ここ何か月かの大橋さんの口癖だ。 彼女は本来なら定年してもいい年なのだが、後に続きそうな人材が見つからず残ってもらっている。 若い女の子も何人か雇ったがどういう訳か(いや、本当はわかっているが)まるで失恋したかのように俺を責めて辞めて行った。 俺は大事な社員に手は出さない主義だから…。
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