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「僕も一服しようとたまたま下に降りて来たところさ。ラッキーだったな」
ラッキーだったと言われて、くすぐったい嬉しさが胸に溢れる。
たまたま出逢えたということは、縁があったと考えていいだろうか。立ち去ってしまったに違いないとあきらめていた彼が、まだ残っていてくれた。
出来過ぎている偶然に思えたけれど、ひょっとして中央線で一緒に帰れるのでは、との期待に真実子の胸がふくらむ。
どこに住んでいるのか尋ねようとした時、銀色のBMWが走って来て、二人の横にすっと停まった。
そして、車を運転している外人の女性が窓を下ろし、「ハーイ、ジョージ」と親しげに彼に呼びかけた。
赤毛の髪を後ろで束ね、鼻筋が通った綺麗な人だ。榊がまだ下にいたのはこの女性を待っていたのだとわかり、ふくらんでいた期待が急速にしぼむ。
榊は車の脇で彼女と親しげに何やら英語で喋っていたが、・・にサヨナラを言わなきゃいけないから、と告げてから、真実子に向き直った。
「じゃ、これで失礼。またお逢いしましょう」
片手を挙げ外人みたいな挨拶をすると、彼は助手席に乗り込み、女の運転する車で走り去った。
真実子は路に突っ立ったまま、BMWを茫然と見送っていた。
マイ・シンデレラ。
僕のシンデレラにさようならを言わなきゃいけないから、と榊は言った。間違いない。
耳に残った彼の英語のフレーズを、もう一度繰り返してみる。シンデレラは英語ではレのところにアクセントがあるらしく、シンデレラ。
その言葉を何回も口の中で呟き、真実子は嬉しさのあまり胸が弾んでくるのを抑えることができなかった。
マイ・シンデレラ!
冗談だとしても、その言葉の麗しい響きに、真実子の口許が思わずほころぶ。
またお逢いしましょう、ということは誘ってくれるつもりかもしれない。なんという幸運!
榊の名刺を再びうっとりと眺めてから大事にバッグにしまい、その時はっと重大な過ちに気づいた。
うかつにも、肝心の自分の名刺を渡すのを、すっかり忘れていたのだ。連絡先がわからないと、誘ってもらえないではないか。
またバッタリ出逢う偶然を祈って、何日も何週間も待つような宙ぶらりんな状態は、とても耐えられない。
連絡先を渡し忘れるという無様なミスに、いったいどう対処したらよいものやら。
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