第3章 偶然の出逢い

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 持つべきものは友達なので、真実子は携帯を取り出し玲子に電話をかけた。香織が何と言うかは訊かなくとも想像がつく。しかし、この際、ちゃんと結婚にゴールインしている玲子に相談する方が賢明だ。  挨拶もそこそこに、真実子は切り出した。 「ねえ玲子、例の彼にさっき偶然出逢って名刺をもらったのだけれど、舞い上がっていたから、こっちの名刺を渡すのをうっかり忘れちゃったんだ。どうしたらいい?  電話して、この前のお礼にお茶でも、とか誘って連絡先を渡すべきかしら?」  真実子が事の次第を報告すると、玲子はいつもの冷静な声を出した。 「ダメよ。誘うのは男の役目。女のあなたは連絡があるまで、悠然と構えて待っていたらいいのよ」  玲子はこういう時に、彼に逢えて本当によかったじゃない、とか一緒にはしゃいで盛り上がってくれるタイプではない。 「玲子は美人だからそんな呑気なことを言っていられるけど、私みたいな凡人は素早く動かなきゃ、忘れられちゃうんじゃない? それに、彼は私の連絡先を知らないのよ」  考え込むような沈黙の後で、玲子が分析してくれた。 「会社のフロアで、エレベーターを待っている時に彼を見かけたんでしょう? ということは真実子がどこの会社の人間かは明白よね。自己紹介もしたって言うから、名前もわかっている それだったら、その気があれば会社の代表電話番号なんてすぐ調べられるから、呼び出してもらえるじゃない。心配することないって」  なるほどと感心はしたが、その気があれば、というところが引っかかる。わざわざそんな手間をかけて連絡してくれほど、関心を持たれているとは思えなかった。そんな自信は、まったくない。  玲子は駄目押しをするように真実子に忠告した。 「真実子、あなたは昔から一生懸命になり過ぎるわよ。こと男性に関しては、彼の心を惹きつけたいんだったら、無関心を装った方が得。誘って欲しいなんていう、見え透いた素振りをしちゃ駄目」  そうなのだろうか。真実子は、恋する男にはすべてを尽くして誠意をみせる、のが最善だと考えている。つい、疑問を口にしていた。 「好きな人に好きだという意思表示をするのは、いけないことなの?」  玲子は電話の向こうで醒めた声を出した。 「いいこと? 先ず彼にあなたを好きだと言わせること。男は追いかけちゃ駄目。
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