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鳳笙ともいう。
その音は天空彼方、鳳凰の声を表しているのだと。
なるほど神秘的で、耳から入ったその響きは、脳内いっぱいに宇宙を広げる。
頭の中に見える宇宙をぼんやり眺めながら、直義は今居るこの狭い空間そのものが宇宙であるよと思った。
(森羅万象、この幽居がこの中が)
宇宙もまた宇宙であり、この日本という国もまた宇宙、この鎌倉も宇宙。この庭いっぱい宇宙。そして、この居間も宇宙ならば、彼の中も宇宙だ。
(不思議なものだ)
直義を瞑想へと導く笙の音は、耳に心地好いばかり。木石よと呆れられる彼でも、この音色には惹かれる。
この幽居を訪ねて来る者など稀だ。わざわざやって来て、庭石にでも座って、笙を吹いて聴かせようなど、余程酔狂である。
この幽居の中にあっては、外の姿は見えはしない。庭にいて笙を吹いているであろう客人が誰なのかも判らぬ。
(あれは兄であろうか、甥であろうか……)
兄の吹く音か甥のそれか、判別できないほど疎遠になっていたとは。
直義はふっと笑って、閉じていた瞼を開けた。途端に宇宙は遠退いて、ただの居間の景色が映る。
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