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隆二さんは僕に何か言いたそうにしてた。けれど僕はそれをどこかで拒絶した空気を作ってる。
「……今日、仕事が終わった後、僕に付き合ってくれないか?」
僕はしばらく考えてから、小さく頷いた。
僕は今、隆二さんの車の中にいる。
カーブを曲がり道路の直線コースに入ると、隆二さんはギアを入れ替えてアクセルを踏み込み車は加速した。
東京の街空は藍色だ。流れる様々な灯りを僕はぼんやりと眺めていた。
車の中は彼のつけている柑橘系のさわやかなコロンの匂いが微かにする。バックミラーの外側にお洒落な猫のプレートが紐でくくりつけられて揺れていた。
ふと窓越しに、隆二さんの視線を感じてしまった。ガラスに映った僕の憂鬱そうな顔を見られてしまったかもしれない。
先ほどから隆二さんはなんとなく僕ばかり見ているような気がした。不思議にどこが熱を帯びているようにも感じられる。
スタジオの隅にいたってことは、僕が善くんに怒鳴ったのを見てたかもしれない。
何処に向かうんだろう。僕の気持ちは落ち込む一方だった。今日の事もあるけど借金のこともあったり、色々ダメ過ぎて相当に凹んでいる。
車はしばらく走ると、高いビル郡の中、一つのホテルに入って行く。外国客もくるような国際ホテルのようなもので、駐車場から僕は隆二さんの誘われるまま、上の階のエレベーターに乗り込んだ。
僕らは終始無言だった。二人の微かな息遣いだけが聞こえる。
本来なら新人でまだほとんど本格的な芝居の経験がない僕が、隆二さんに気を使わなきゃいけないのに。
今の僕にはその余裕が無かった。
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