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「漣!」
慌てて、隣にならぶ漣を見た。
「浩志ならできます」
二度、もっとしっかりと、この静かな稽古場に凛と響く漣の声と言葉。
「ほぉ……なんで、そう思う? お前だって、こいつの芝居、てんでダメだって、映画の見て思っただろ?」
さっきまで半分死にかけみたいになっていた香澄さんが、ニヤリと笑い、強く鋭い眼差しで漣を射抜くように見つめている。
でも、漣も負けないくらい、真っ直ぐに香澄さんを見つめ返していた。
「人は成長するもんだ。香澄さんがいっつもそう言ってた。たしかに浩志は演技下手だったけど、俺とふたりでずっと練習してました。それを隣で、一番近くでずっと見てきた」
違うんだ。
あれは芝居だけど、芝居じゃなくて。だから、あの台本を一緒にやっている時、「彼」を演じているんじゃなくて、俺が「彼」に成り代わってただけなんだ。
「こいつならできます」
「そうはいってもなぁ……サイでやったほうが人集まるし、あのモデル、才能あるからな」
「浩志はそれ以上にできます」
どうしてそんな言い切れるんだよ。サイほどにモデルとして仕事はできていなかった。あいつだったら、身のこなし方ひとつとってもきっとすごくて、だから演技だって絶対に上手いけど。
俺は顔とキャラだけでモデルをしていたんだ。
そんな俺になんて
「じゃあ、オーディションするか」
香澄さんが不敵に笑った。
「あの映画のワンシーン、それを一人舞台でやってみな」
「え……」
「台本、持ってるだろ? 私は映画見て、記憶しているだけだが」
こんなシーンがあっただろ――
寒くて凍死してしまうほうが楽に思える雪山を越えて
ガタガタ震えながら、それでも彼女への思いを口にするシーン
ずっと毎晩リハビリだと歩いていた海辺をひとりで歩きながら、彼のことを思い、会いたいと囁くシーン
「それがちゃんと別々の人物として演じられたら、この主役を浩志に任せる」
「いいっすよ」
「ちょ! 漣!」
自信満々だなって、香澄さんが呟くけれど、それをやるのは俺だし、俺にはそんなひとり二役なんてできそうにない。それどころか、あれは漣を目の前にしていたからこそできたことなんだ。
「期限は一週間後、そうだな、朝のこの掃除の時間にしよう」
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