第二話~所在無き心が揺らぎをもたらす~

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 前面はシャツ同様綺麗に斬り裂かれており、中に鎖が通してあるわけでもないため防具としての役割を担えるようには思えない。  他人種を見下し排する風習が当然となっているこの世の中だが、一部の人間は例外として自国に留まらず世界中に散らばっている。他国の軍に力を貸す者、国の資源や技術を横流しにして利を得る者。自分の国や自身の容姿に誇りを持たず、金のために国を売り、時には敵対すらしてみせ、傭兵や商人と自称する彼らを総じてトリートと呼ぶ。敵国の者であり、血に誇りを持たない愚かな存在はどこの国においても忌避されるがその利用価値は決して侮れず、髪と目を隠すことで国に滞在することを暗黙の内に赦されている。  そんな彼らが必ず身に付けているものが丈の長いコートやローブだ。全てに共通して布地の裏に鎖を張り巡らせ、顔を隠すフードが付属している。赦されているとはいえ潔癖な人にはのこのこ現れた敵であり襲われることもしばしばある。そのためコートは鎧としても機能する必要があるのだ。  モルクル人の少年が着ていたコートも丈は長いがフードはない。衛兵数人にに対して簡単に逃げた実力と、コートのことを考えてトリートだったのではと新たな仮説を立てるもすぐさま破綻した。  防具も身につけず、素材が不明な、しかし防具にはならない服を纏い、他に何か特別なものを持っているわけでもなかった。 (本当に、何だったのでしょうか)  本日何度目かのため息を吐き、気づけばアシエスの部屋まで到着していたイオンは結界を解除してノックし、返事を確認してから入室する。 「かしてかして!」 「そんなに引っ張ると破けてしまいますよ」  そう少女をたしなめながらコートを渡す。床まで垂れた長いをアシエスはキラキラとした瞳で見つめ、何を思ったのかコートの袖に小さな腕を通す。 「でっかい!」  嬉しそうに両腕を振り、袖の半ばで力なく床に伸びているのを見てブンブンと腕を回して遊び始める。ずりずりと裾を引きずり回して走るアシエスを抱え上げ、ベッドにそっと下ろして破れたコートを脱がして取り上げる。 「直して差し上げるのに傷めては仕方がありませんよ。どうやら練習に使用しておりました布よりも随分と丈夫なようなので、わたくしもお手伝いしてよろしいでしょうか?」
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