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この城へ来てからはあまり考えないようにしていた過去が、どんどん脳裏に甦ってくる。
父親は娘が自分のために作ってくれたことが何よりも嬉しかったのだろう、とイオンは懐かしさに微笑みながら考える。きっとイオンもアシエスが自分のために作ってくれたのであれば、たとえ見た目が酷くとも諸手を上げて喜んでしまうだろうから。
(あの殿方もきっと……)
そこまで考え、はっとする。例えこれを直したところで、持ち主はもう戻ってこないのだからアシエスに笑顔を授けはしないことはわかりきっているのだ。
もしもあの時、父親がいなかったならどうしただろうか。イオンはきっと服を破り、そしてそのまま変わらず泣いていたに違いない。アシエスにそんな思いはさせたくない。してほしくないがどうしたらいいのか。懸命ながらも楽しそうなアシエスからコートを取り上げるわけにはいかないし、イオンが勝手に仕上げたところでアシエスは納得はしないはずだ。
解決策が見つからないままゆっくりと、しかし確実に裂け目が縫合されていく。
『 い、イオン殿! イオン殿!』
「ひゃあっ!」
突然激しいノックと共に扉の外から、控えめというよりもおどおどとしていて、だが慌てた様子の声が響いてきた。イオンの示す場所に針を通そうとしていたアシエスは可愛い悲鳴をあげて手元を狂わせ、針をイオンの手に刺してしまう。
「っ」
「あっごめんなさいっ!」
アシエスが即座に針をイオンの手から離すと、針の先端が貫いた皮膚の先からぷっくりと赤い塊が浮き出てくる。
「大丈夫ですよ、少し押さえておけば治ります」
「ごめんなさい……」
泣きそうになるアシエスと随分と焦った様子で一国の姫の私室を叩き続ける音。アシエスを優先してあげたいが、場所をわきまえた上であの急ぎようなのだとしたら無視はできない。
「謝ることができて偉いですね、アシエス様。はい、赦します」
「んぅ……」
「ですから、少しだけ待っていてくださいね」
アシエスが落ち着けるよう優しく告げて膝の上からそっと下ろし、王女付き侍女の名を呼び続けている人物の下へ向かう。
『イオン殿、取り急ぎお話ししたいことが――!』
「落ち着いてください」
一言返事をして、相手からのノックが消えたことを確認してから扉を押し開ける。
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