天泣《てんきゅう》

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好きなひとの吸う煙草は、煙のかたちさえ(いと)おしいと、何かで読んだ。 ぼんやりと流れる紫煙を目で追いながら、そんなことを考える。 ひどく冷静な自分に気づいて、やっぱりね、と思った。 あたしは……この(ひと)が嫌いだ。 だから煙だって、嫌いだ。 そしてその理由は、ひとつしかない。 「どうして、茉莉(まり)を泣かせたんですか?」 親友が男に振られて、それに抗議するため、あたしはここに来た。そんな役割を、いつもあたしは演じている。 窓からは爽やかな午後の風が吹いて、音楽室から誰かの弾くピアノの音を運んできた。窓際の白いカーテンが、ふんわりと揺れる。 その(ゆる)やかなメロディがリストの「愛の夢」だと気づいたとき、なんだか皮肉なBGMだなと思ったから、あたしはやっぱり冷静なんだ。 「生徒と恋愛は……しない主義なんだ。岡嶋にもそう言ったよ」 西川先生は、柔らかな笑みを浮かべていた。 「本当に、それだけですか……?」 思わず、あたしの声が(とが)る。 「本当に?」 先生は、少し不思議そうな顔をした。 「だって先生はまだ普通の大学院生で、怪我をした本多先生の代わりに補習に来てるだけなんでしょう?」
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