第1章

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「……陽一郎」 肩口に顔を埋めたままの俺を、知佐が呼んだ。 「キスして」 顔を上げ、探るような知佐の視線を受け止める。 唇を重ねても、感情を押し殺したキスは何の味もしなかった。 それでも先に進めたはずなのに、本音が口をついて出た。 「ごめん。…今日はできない」 「どうして…?」 この時、どうして俺は決定的な事実を口にしてしまったのだろう? 今まで通り、嘘をつき通せばよかったのに。 「…他の女と寝た」 知佐が震える声で核心を突いた。 「会社の人?」 頷いた次の瞬間、左頬で鋭い音が鳴った。 なぜ寝たという事実より会社の女という言葉に知佐が怒ったのか。 後腐れのある会社の女とは関わらないと避けていたのに、今回はなぜタブーを破ったのか。 女の勘は鋭い。 俺が認めたくないその理由を、知佐は何となく感じたのかもしれない。 帰る道すがら、自分にほとほと嫌気がさした。 今すぐ戻って知佐に許しを乞うべきと分かっているのに、それでもハンドルを切ることができなかった。 そんなことをして何になる? 俺自身が元に戻れないでいるのに。
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