小鳥の羽ばたき、或いは堕ちる音

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翔生の家に通うようになって気付いたことがある。 毎晩8時に通う家の中には、いつも翔生ひとりしかいない。 初日に挨拶して以来、父親の姿を見ないのはもちろんのこと、母親の姿も一度も見かけたことがなかった。 「翔生くん、いつもひとりだけど、家族はみんな出かけているの?」 そう聞いたら、翔生は一瞬驚いたような顔をした後、困ったように微笑んだ。 「母親は去年死んだよ。父親は仕事でこの家にはほとんど帰ってこない。先生、何も聞いてないの?」 初耳だった。 家の中はいつも清潔に整えられているが、生活感はほとんど感じられない。 翔生の話では、日中に家政婦が来て掃除や洗濯などの家事は済ませていくのだという。 「食事は?ちゃんと食べてるの?」 「食べてるよ。家政婦さんが作っておいてくれるから」 華奢な翔生を見ていると、本当にちゃんと食べているのか少し心配になった。 それから、翔生が実はとても勉強の出来る子供だということも分かった。 数学の成績が思うように伸びないという話は他の教科に比べてということであって、正直、毎晩2時間も家庭教師をつけなければならないほど危機的なものではない。 「先生はきっと監視役に選ばれたんだよ」 翔生は僕にそう言った。 「俺が生きてるかどうか、毎晩確認する役だよ。責任重大だね」 冗談のように笑いながら言うけれど、僕にはそれを笑い飛ばすことはできなかった。 本当に、翔生にはいつ消えてもおかしくないような、そんな危うさがあった。
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