ののの湯

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   【三十九】  私達が通った中学校は当時荒れていて、私は五本の指に入るヤンチャな小僧であり、その欲求は属する社会を従わせることにのみに向いていた。理由は全くない。牡としての本能だったのだろう。従わない者は許さず、ひたすら自分の行為を正当化するための策略を練り、小さな世界を自分の住み易い環境へと作り替えようとしていた。大人達は、私が作り出す正当化への論理を打ち破ることが出来ずに、遂には私の相手をすることが面倒になっていたのだろう。かといって、体育会系ごときの訳のわからないシキタリを盾に、上から押さえ付ける方法しか知らない大人では、私に対抗することは愚か、後で恥をかくばかりとなった。しかし、それが通じるのもこの三年間だけだった。高校は義務教育ではないから、そこまでやりにくい生徒を切り捨てることが出来るからだ。 「松下くんは、ものすごく頭がいいのよ。あたし、それを知ってたし、松下くんが羨ましかった」 「………」 「なんでもかんでも自分の色に塗り替えてしまう。だから、生徒会に入れば、表側から好きにできるじゃない? そう思ったの。もちろん、今は中学生じゃないけど、松下くんになら佐多の後を任せられると思うの」 「そんな器じゃありませんよ」 「そんな器だと思うから言うのよ。確かに社会は甘くない。でも、あなたの力は内部には絶大に影響するわ。だって店の娘たちはあんなに慕っているじゃない?」 「それは……、俺がスケコマシだからですよ」 「アタシが外を守るから、あなたには中を守って欲しい、そして委員長のあたしを支えて欲しい」  思い出はフィードバックし、彼女の言わんとすることが理解できた。あの時彼女が言いたかったことを、私は今、直接聞いているのだ。あの時、もし彼女が臆して山野辺に行かず、直接こう言われていたら私はどうしただろう。きっと断らなかったと思う。そしてなんだか分からないなりにも、好きな女の子の為に必死で行動しただろう。 「あれ? もしかしてあの頃って、女将さん委員長だったんですか?」  すると森川さんは、さも可笑しそうに笑いながら言った。 「ほんとにあたしって、目立たないのよね」 .
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