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【三十八】
急いで野々の湯へと戻った私を、軒先で待っていたのは善ちゃんだった。
「聞いたか?」
善ちゃんは堂々としたもので、既に連絡を受けているらしいが、慌てる様子は見受けられない。
私は、女将さんの姿を探して辺りを見回しながら尋ねた。
「ああ、ついさっき店から連絡があった。女将さんとは会ったかい?」
すると善ちゃんは奥の駐車場を指差しながら、
「お前の車の前にいるよ」
と言い、真剣な顔付きで私の目を見た。
「彼女は携帯を持っていなかったので、この事は俺から話してある。お前が車で送ってやれ」
「そうする」
私は森川さんを車に乗せると、無言で駒津屋へ走らせたのだが、森川さんは違った。
「松下くん……」
「はい」
「あたし……、何回も来ていたんだよ」
「そうですか」
正直こんな事態に……、しかも前置きが長い。
「聞いて欲しかったの……」
彼女は、私から「何を?」と、訊ねるのを待っていたのだろうが、私は黙っていた。
すると彼女も今の話題としては不適切と理解したのだろう。
「心配しないで。松下くんのお店も女の子達も、あたしが守るから」
「ありがとうございます」
「それと……、佐多のことだけど……」
「はい」
「あの歳なんだから不思議じゃないわ。あたしにはいいお爺ちゃんだったけど、嫌っている人も多いから、これから暫くは大変ね」
「名士なんてそういうもんでしょ」
「お願いがあるの……」
「はい」
「生徒会役員になって欲しいの」
「はぁ?」
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