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柊二は呻きながら指示を出すと、実咲の手から
湯飲みを受け取り一気に胃の腑へ流し込んだ。
ほどよく冷めた湯冷ましが酒にただれた喉や胃に
心地良く染み込んでゆく。
その優しさはまるで実咲を彷彿とさせた。
柊二は暗緑色の瞳でじっと実咲を見つめたあと、
その肩をぎゅっ、と抱き寄せる。
「咲……一生オレの傍を離れるんじゃないぞ。いや、
今生だけじゃ全然足りねぇな。来世も……その来世も
……永遠にオレの傍にいろ」
言葉遣いこそぞんざいだが、縋るように実咲を抱き寄せ
囁くその姿は懇願のようにさえ見える。
そんな柊二に全てをゆだね、実咲は春風より優しく、
甘い声で柊二に答える。
「勿論です。柊二さんが望んでくれる限り、私はずっと
……未来永劫柊二さんの傍にいるから」
柊二の背中をさすっていた手がぎゅっ、
と柊二の着物を掴む。
そんな二人を見守るが如く、咲き誇った遅咲きの桜花は
青空の空の下、美しく輝いていた。
9月に入り実咲は予定日より1ヶ月も早く、
無事女の子を出産した。
女児と言うこともあったのだろう、
柊二・実咲共々不安に思っていた
子供に対する恨みの感情は一切無く、
むしろ猫かわいがりに可愛がって周囲を呆れさせる
ほどであった。
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