結婚へ

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「……嬉しがっているのは実咲より英恵さんの方  みたいやな。だんだんはしゃぎ声が近づいてくる」  近づくにつれてさらにはっきりと聞こえてくる  英恵のはしゃぎ声に柊二が口の端に笑みを浮かべる。 「そんなもんだろう。当の本人は式次第の段取りを  覚えるだけで手一杯だろうしな。  その分世話焼き婆様達が……」 「誰が世話焼き婆ですって?」  鋭い声と共に柊二や匡煌が控えている部屋に  真っ先に入ってきたのは英恵であった。 「お二方とも、お待たせしました。世話焼き婆が  腕によりを掛けて最高の花嫁に仕上げてきました  からね。」  冗談半分に言う英恵の言葉を、柊二は半分も  聞いていなかった。  その目はすぐ斜向かいの家に住む**夫人に手を引かれ、  部屋に入ってきた実咲に釘付けだったのである。  松に鶴の刺繍をあしらった総模様の黒振り袖、  根を高く結い上げた文金高島田を角隠しでふわりと  包みこみ。  ちらりと見える桜の意匠の簪(かんざし)が  実咲の愛らしさを引き立てていた。 「大変長がらくお待たせいたしました」  はしゃぐ英恵とは対照的にしおらしく実咲は頭を下げる。  まだつわりが完全に抜けきってはいなかったが、  それでも一時期よりはだいぶましになっただけあって、  実咲の顔色は極めて良い。  桜色の頬に一差しの紅が鮮やかに映えるその表情は  晴れやかさに満ちあふれていた。  いつもと違う、それこそ満開の桜のような華やかな美しさに  柊二はただ口をあんぐりとあけて見とれる事しかできない。 「おい、柊二。いつまで間抜け面を晒しているんだ」  匡煌に諭され、柊二ははっと我に返る。 「あ……はい」  そう答えたもののしかし、その目は未だ実咲に  吸い寄せられている。  着物を選ぶ際も立ち会っていたはずなのに、  やはり身に纏うと違う。  実咲の晴れ姿を目の前にして、  柊二にもようやく実咲と本当の夫婦になるという  実感がわいてきたのだった。
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