1126人が本棚に入れています
本棚に追加
/109ページ
「……嬉しがっているのは実咲より英恵さんの方
みたいやな。だんだんはしゃぎ声が近づいてくる」
近づくにつれてさらにはっきりと聞こえてくる
英恵のはしゃぎ声に柊二が口の端に笑みを浮かべる。
「そんなもんだろう。当の本人は式次第の段取りを
覚えるだけで手一杯だろうしな。
その分世話焼き婆様達が……」
「誰が世話焼き婆ですって?」
鋭い声と共に柊二や匡煌が控えている部屋に
真っ先に入ってきたのは英恵であった。
「お二方とも、お待たせしました。世話焼き婆が
腕によりを掛けて最高の花嫁に仕上げてきました
からね。」
冗談半分に言う英恵の言葉を、柊二は半分も
聞いていなかった。
その目はすぐ斜向かいの家に住む**夫人に手を引かれ、
部屋に入ってきた実咲に釘付けだったのである。
松に鶴の刺繍をあしらった総模様の黒振り袖、
根を高く結い上げた文金高島田を角隠しでふわりと
包みこみ。
ちらりと見える桜の意匠の簪(かんざし)が
実咲の愛らしさを引き立てていた。
「大変長がらくお待たせいたしました」
はしゃぐ英恵とは対照的にしおらしく実咲は頭を下げる。
まだつわりが完全に抜けきってはいなかったが、
それでも一時期よりはだいぶましになっただけあって、
実咲の顔色は極めて良い。
桜色の頬に一差しの紅が鮮やかに映えるその表情は
晴れやかさに満ちあふれていた。
いつもと違う、それこそ満開の桜のような華やかな美しさに
柊二はただ口をあんぐりとあけて見とれる事しかできない。
「おい、柊二。いつまで間抜け面を晒しているんだ」
匡煌に諭され、柊二ははっと我に返る。
「あ……はい」
そう答えたもののしかし、その目は未だ実咲に
吸い寄せられている。
着物を選ぶ際も立ち会っていたはずなのに、
やはり身に纏うと違う。
実咲の晴れ姿を目の前にして、
柊二にもようやく実咲と本当の夫婦になるという
実感がわいてきたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!