第1章

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南郷兄の記憶にある伍嶋さとしは、自分の親友なら例に漏れず、素行の悪い不良であった。 中学時代、目が合っただけで、胸倉を掴むようなそれはそれは歩く人間凶器みたいな。 別々の高校を選んだ理由は、伍嶋がサッカーをやりたいと言い出したからだ。南郷の受験する工業高校はまともな部活動をしている部はほとんどなかった。中学の時に見たワールドカップの影響でミーハーな伍嶋はサッカーをしたいと言い出し、隣県の高校を受験したのだった。そもそも、頭は足りていないのだから、伍嶋の受験した高校のサッカー部は工業高校より幾分活動しているだけだったのだが。 だから、伍嶋のほうが不良を卒業した歴は先輩であった。 伍嶋が南郷と会うのは2年の夏以来だ。 その時は南郷兄が言ったのだ。 「お前、変わったよな、」 と。 はたして、今は南郷のほうが変わっているように伍嶋は思えた。 「お前、どっか身体の調子悪ぃのか?」 それはそれは、うざったそうに南郷が自分のほうを見たのを伍嶋は感じた。やっぱり聞いてはいけなかったか。しかし昔の彼は弱みなどこれっぽっちも見せず、世界の中心に自分がいるものだから、悩みとかそんなのは無縁で、今日みたいな表情は一度たりとも見せたことがなかった。だから、彼をこういう風に、面倒くさいことに陥れているのは何なのだろうかと。 「…どこもかしこも調子悪ぃ、」 されど、彼はかつての親友である。 南郷は、正直な気持ちを述べてもいい相手だと認識していて、到底詳しく言う気はないが本当のことを口にした。 まさか、彼をこんな風にしたのが人には言えない、自分でも認めたくない「恋」だとは伍嶋は知る由もない。 そして、2年の夏に自分が変わったのは、南郷と同じように「恋」であった。
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