第一章

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夜九時過ぎ、自分のアパートから片道十五分のマンションを目指していた。 手には紙袋三つ分の荷物。急いで詰め込んだから、中身はぐちゃぐちゃだが、このくらいの嫌がらせはいいだろう。 茶色の壁のマンションの四階の部屋。合い鍵を持っていても、いつもは、訪ねる前日には電話して、必ず押すインターホン。 今夜はただ鍵を開けるだけ。 すぐに耳に入る喘ぎ声。 誰もいない明かりのついたリビング。 玄関にはあいつのサイズより小さな男の靴。 はぁ。思わず溜め息。 女だけじゃなく、俺以外の男まで抱いていたんだ。 紙袋をリビングのテーブルに無造作に乗せると、勝手知ったるなんとやら。 寝室の扉を開ける。 「え、なに!?」 次利の上に乗っていた男が、驚いて身を引いた。 「っ!」 次利が低い声を上げてイく。 「次利」 「き、京!?」 上に乗っていた男を払い落とすように引き離して、慌てて身を起こす次利。 あーあ。払い落とされた男が、蒼白な顔でお前を見ているぞ。 「こ、これは、その」 この状態で言い訳しようとする次利が笑えるよ。 「女だけじゃなく、男も抱いていたんだ」 そう言うと、次利の口が止まる。そして、次利を見ていた男が俺を見た。 目を極限まで見開いたまま。 「次利」 もういいよな。俺も疲れた。 疲れ過ぎて、お前に対する気持ちも解らなくなった。 だから。 「別れよう」 合い鍵を次利へ放り投げ、さっさと背を向け走った。 背中で次利が何かを叫んでいた。 全部無視して、走りながら携帯弄って、次利からの着信とメールを拒否設定して。 ただ一人の親友に電話する。 『どうしたー、吉野(よしの)ー』 「今夜、泊めて」 いきなりのお願いに、ちょっとの沈黙の後『稲田がまた浮気したか』 「ああ」自分のアパートが見え、ようやく足を緩めて「浮気、された、から、別れ、た」はぁはぁ。 『…もうすぐバイト終わるから、部屋の前で待ってろ』 「さんきゅ」 自分の部屋から下着と明日の着替えを鞄に詰めて、再び部屋を後にして、駅を目指して歩き出した。
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