第一章

2/15
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
「ああ……今日の実入りはこれっぽっちか」  鬼道丸(きどうまる)は思わず天を仰いでうめき声をあげた。 ここは、平安京。一条戻橋(いちじょうもどりばし)。 折りしも、見上げる空は既に明るい橙(だいだい)色に染められ、鬼道丸のいる橋のたもとの柳の木の下には、早くも薄っすらとした宵闇の気配が漂っている。  あと半時も立たないうちに、辺りは真っ暗闇になってしまうだろう。 鬼道丸は絶望的な眼差しで、目の前に置かれた金物の鉢を見た。  そこには、ちびた鐚銭(びたぜに)が一、二枚入っているだけ。それだって、昼過ぎに目の前を通りかかった女が、鬼道丸を物乞いと間違ったのか、哀れみの声と共に入れてくれたものなのだ。  でも、鬼道丸は物乞いではない。れっきとした陰陽師だ。 と言いたいところだが、確かに鬼道丸の姿を見れば、誰も陰陽師だとは思わないだろう。 片袖の取れかけた水干(すいかん)に、膝の抜けた括袴(くくりばかま)。いずれも、元は浅葱(あさぎ)色だったらしいが、今はすっかり色褪せて、葛の汁で煮しめたような色合いになっている。 おまけに、丈もまるで合っていない。何しろ、十歳になった時から今まで、五年もの長い間この一枚だけで過ごしてきたのだから。 剥き出しの脛の先の足には、藁草履(わらぞうり)すら履いていない。頭にはかろうじて萎(な)えた烏帽子のようなものを被ってはいるものの、髪は結い上げずに無造作に垂らし、藁紐(わらひも)でいい加減に束ねてあるだけだった。 これでは、後ろの幟(のぼり)の文字を読める人だって、胡散臭(うさんくさ)がって誰も近寄って来やしないだろう。 鬼道丸の背後には、破れた麻布を垂らした粗末な幟が立て掛けられていた。  そこには、下手くそな文字でこう書かれてある。 辻占 祓え 祈祷 よろず相談承り候 天下第一陰陽師 鬼道丸
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!