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「彼処から登りましょう」
キョロキョロと辺りを見渡した雅臣が探していた何かを見つけたようで、にこりと微笑んで手を差し出してくる。
遠くの方にぽつぽつと民家が見えるだけで周りに人の気配はないから、手を繋いだって誰にも見られることはない。
さっき車内でキスをしたし、あまつさえ同じマンションの住人がいつ横を通るかも分からない地下駐車場で深い口付けを交わしてしまったというのに、街で見かけるラブラブな恋人同士のように手を繋ぎ合うのが異様に恥ずかしくて、その手を無視して雅臣の見ていた方向に歩き出してしまう。
素っ気なく拒否してしまったくせに雅臣の反応が気になって背中に神経を集中させていると、後を追ってくる雅臣の口から漏れたのはクスクスという笑い声だった。
漏れたのが呆れたと言わんばかりの溜め息ではなかったことに安心すると共に、不安になるくらいならば二人きりの時くらい素直に甘えればいいだろう、と突っ込む冷静な俺がいる。
俺が自分に似た妹に心移りしてしまうのではないかと不安を抱いてしまった雅臣に、俺の心を動かせるのはアンタだけだと言葉でも態度でも伝えなければならないと思うのに、どうしても照れて素直になれない。
そんな俺の気持ちを雅臣も分かってくれていて大人の余裕で見守ってくれていると思っていたのに、実際は俺と同じで少しのことで不安になったり嫉妬したりしているんだと、今朝の出来事で痛感させられた。
「拓也、此処ですよ」
「え? あぁ」
悶々と考えながら歩いていたら、雅臣が見ていた場所を通り過ぎてしまったようだ。
左手で弁当の入っているトートバッグを持ち、空いている右手で手招きする雅臣の元に駆け寄る。
雅臣が立っていたのは、風化した石が歴史を感じさせる小さなお地蔵様の前だった。
お地蔵様の横には、人が二人通れるくらいの道が山頂に向かって伸びている。
「この里山の守り神といったところでしょうかね。花見をしに入らせてもらいますね」
風雪で削られぼんやり分かる顔を眺めていると雅臣が呟き、出発できるかと目で訊ねてきた。
行けると頷き、雅臣が持っているトートバッグの持ち手を俺も握る。
「俺も一緒に持ってやるよ」
恥ずかしくて手が繋げなかった変わりに、一つのバッグを二人で持つことで俺が繋がりたいのは雅臣だけだと訴える。
俺の気持ちが伝わったのか蕩けるような笑みを浮かべた雅臣と共に里山に入っていく。
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