お花見デート

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田植えの車両が通るために舗装されているとしか思えない、周りに店も民家もない道を進んでいた車が、左手に現れた里山の手前で減速して止まる。 乗っている間もそうだったが、停止する時の衝撃が一切なく、長年乗務しているタクシードライバー並みに丁寧で上手い運転をしていた雅臣。 勉強も料理も運転も全てプロ級だなんて、隣に立って見劣りしない男になりたいと願っている俺は劣等感で凹みそうになる。 だが、好きな相手の完璧で格好いい姿に胸をときめかせ、ぽうっと見惚れてしまっている自分もいる。 雅臣をライバル視している自分と、雅臣を恋する瞳で見つめている自分。 どちらも俺だし、どちらかの俺を選ぶ必要はないのかもしれない。 長閑な田園風景と緑鮮やかな木々の繁る里山という自然豊かな景色が、くだくだ悩みそうな思考を消し去り穏やかな気持ちにしてくれているのかもしれない。 「此処で花見するのか?」 エンジンを切りシートベルトを外した雅臣に習い、俺もシートベルトを外しながら訊ねる。 「えぇ。少し山を登らなければなりませんがいいですか?」 「別に構わない」 フロントガラスから見上げる里山は傾斜はありそうだが、その背後に連なる山々の半分も高さはない。 花見だって言うからそれ用に整備された公園とかに行くのだと思っていたのに、こんな人気のない時代に置き去りにされたような自然豊かな里山に来たのは意外だった。 でも雅臣のことだからちゃんと調べているはずで、この里山の何処かに桜は咲いているんだろう。 二人きりで花見が出来る場所を懸命に探してくれている姿を想像し、雅臣の頭の中が俺で占められていた時間が確実にあったことに嬉しくなってくる。 雅臣が二人きりの花見にどんな場所を選んでくれたのか楽しみだ。 弛んでしまった口許を見られるのが照れ臭くて掌で隠そうとしたが、此処には俺と雅臣しかいないんだし、俺のために探した場所に連れてきて貰えて嬉しいという気持ちを伝えないのは失礼な気がして、ありがとうの気持ちを込めて雅臣に微笑む。 天の邪鬼な俺が素直な態度を取るのに驚いたのか、一瞬目を見開いた雅臣だが、どういたしましてと言うように穏やかで優しい微笑を浮かべて見つめ返してくれる。 触れるのが当然、という風に近付いていき軽く唇を重ね合わせた顔が離れていくと再び微笑みあって、花見をするために車を降りる。
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