第一話 バレンタインの魔法使い

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 やがてスカイプからの呼びかけもなくなった。  そうか。  燃え上がったものが消えて行くのは、こんな風に呆気ないものなのか。  どんなに恋しくても、会えなければ寂しいだけ。  姿が見れなければ、思い出すのも辛くなる。  鳴沢も同じなのかもしれない。  恋する気持ちだけでは、人は生きてはいけないのだから。  やけくそのように働いた。  働いて、働いて、辛すぎるこの気持ちが少しでも削ぎ落されるならそれもいい。  全然、軽くはならなかったけど……。  バレンタインを翌日に控え、ホテル内はカップルが溢れている。  ショッピングゾーンも、チョコレートを買い求める女性達で埋め尽くされた。  本番の明日は、昼間はウェディングの試食会、夜はディナーとジャズコンサート、客室も平日に関わらず満員御礼だ。  忙しい1日になりそうだと、帰宅した途端にスカイプの呼び出しがあった。  飛びついたそこには、懐かしくも見るからに疲れをにじませた鳴沢がいた。 『忙しくて』  思わず呟いてしまうほど疲れているのか、それともただの言い訳なのか、薄いパソコンの映像だけではわからない。  何と声を掛けていいかもわからなくて、無言で手をのばした。  触れられないその像は、何も応えてはくれない。  カメラに指先を近づけると『おいおい、遮らないでくれよ。せっかくの日和なのに』と、鳴沢が笑う。  鳴沢の腕がパソコンに向かって動いた。 『おれも触れているよ。日和に』 「うん。でも感じない」 『そうだな。返って寂しいものだな』 「一也さんも? 寂しい?」 『当たり前だ。もう何日日和に触れていないか。気が狂いそうだ』 「おれも……。おれも変になりそう。会いたいよ。キスしたい。抱かれたい」 『やめてくれ……。飛んで行きたくなる』 「ごめんなさい」  そこにいても手が届かない。  声を聞けても触れられない。  体が、気持ちが、手が、頭の奥が、全身で鳴沢の熱を欲しがる。  確実な体温と、肉と、その存在を。 『悪い。切るよ日和。お前を見て落ち着くかと思ったけど、余計に会いたくなる。辛いものだな』 「うん……」
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