第一話 バレンタインの魔法使い

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 飛んで行けるものなら飛んで行きたい。  今すぐに。 「おやすみなさい」  力なく呟いて、通信を切った。  プツリと途切れる瞬間に、伏し目になった鳴沢の、ため息を聞いた。  どうして……。  どうして愛し合っているのにこんなに辛いんだろう。  寂しいんだろう。  信じているのに、なんて孤独なんだろう。  またポロポロと零してしまった涙を見られただろうか。  せめて、この涙を見られていませんように。  泣き虫だと、心配をかけませんように。  翌日、泣きはらした日和の憔悴はあからさまで、ベル仲間はいったいどうしたのだと騒ぎ、事情を知っている親友の巴はなぜだか一緒に涙ぐんでいた。  ベルチーフからは休んでもいいと言われたけれど、こんな日に一人でいるのは返って辛く、体を動かしていた方が楽だと言い張った。  しばらく風邪で休んでいた北村も、今日はフロントにいる。  いつものように何も言わず「おはよう」と声をかけ、頭をポンっと撫でてくれた。  それだけで力が湧いてくる。  いつも以上に華やいだロビー。  試食会に訪れるカップル達。  途中、バンケットのヘルプに入り、何も考えずにひたすら手脚を動かした。  疲れたと、思う暇もなかった。  チェックインの始まる時間になり、宿泊客がポツポツと訪れ始めた頃に、北村から突然「もう帰りなさい」と言われた。 「今日は忙しいので二一時までシフトを組んでます」 「倒れそうな顔をしているよ?」 「え?」
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