一 不審な調査員

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一 不審な調査員

 二〇二三年、六月九日、金曜、二十時過ぎ。  Y市H区の居酒屋で、Y大学学生部の職員、島本は、家電量販店店長の竹村に会った。 「夕方、卒業生の父親と名乗る男が女子卒業生のアルバイト先を尋ねてきたの・・・。  酎ハイとホッケをお願いね」  島本は話しながら注文した。 「もしかして、二〇一六年の俺の店?」  竹村は、アルバイト学生だった横山理恵、当時二十二歳を思いだした。 「そうよ。どうしてわかった?」  料理が運ばれてきた。店内は雑踏のにぎわいだ。深刻な話をしても誰も気づかない。 「俺の方も、閉店間際に妙なことがあった・・・」  竹村は酎ハイを一口飲んで話した。 「本社の調査員が来て、二〇一六年のアルバイトについて訊かれた。  バイトが勝手に、中古パソコンを販売しなかったか、というんだ。  それはない、と答えたら、学生の写真を見せられた。  あの時は、何も思いださなかったが、あとで思いだしたよ・・・」 「私の方は、娘が亡くなったんで、生前、娘が学生部から紹介されたバイト先、あなたの店で働いてたはずだから、店の担当者を知りたい、というのよ。  卒業生名簿を調べたら、確かに卒業生の名はあったけど、学生部を通じてアルバイトを紹介した記録がないの。  それに、卒業生には毎年、同窓会報を送ってるし、同窓会費も振り込まれてる」 「卒業生は生きてるのか?」 「そうなのよ。調べる間、相手にディスプレイが見えるわけじゃないから、卒業生が生きてるのは話さず、学生部からアルバイトを紹介してません、記録がありません、といっておいたわ。そしたら、男はすぐ帰っていったわ」 「それで俺に連絡したのか」 「うん。男は何だと思う?」 「本社の調査員にしては高級なスーツを着てた。調査員も商品を見るから作業着の場合が多いんだ。今日は遅くて無理だったから、明日、本社に確認するよ」 「それだけならいいけど、妙な事に巻きこまれたらいやよ。あなたも気をつけてね」 「ああ、わかってる。  ひさしぶりに会ったんだ。ゆっくり飲もう」 「ええ、そうしましょう」  島本と竹村はグラスを合せた。二人の関心事は男から互いの日常へ移っていった。
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