ガラスの骨(Fortuna vitrea est; tum cum splendet frangitur.)

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 また、無言。沈黙。  針谷会長は、俺をじっと見て固まっている。  この間はなんだ。必要のない間だ。  夜の公園で木の葉の揺れる音、微かな風が通り抜けていく音が聞こえる。元気な高校生男子二名が揃って顔を合わせているのに、環境音の方がうるさいくらいだ。 「ちょ、ちょっと……黙ってないで、なんとか言いなさいよ」  針谷会長が何も言わないことに対して、だんだんと焦りが出てきた。なんでもいい、冗談でも良いから口にしてもらうべきだ。さっさと「好きではない」と否定して欲しい。 「語るに値しないってことですか」 「うるさい、急かすな」 「急かしたくもなりますよ。大事な場面なんですよ!」 「分かったから! 落ち着けって」  身を乗り出して急かそうとしたところを、両肩を掴まれて元に位置に戻される。そして、目が合う。真っ直ぐ見つめる俺に観念したのか、針谷会長は口を開く。   「……お前のこと、嫌いではない」  針谷会長は煮えきらない回答をする。 「じゃあ、好きってことですか」 「好きか嫌いで分けたら、そうなるな」 「さっきも思ったけど、その言い方めちゃくちゃズルいですよ。もっと、男らしく言い切りなさいよ」 「言い切って欲しいのか」  針谷会長に聞かれる。 「いや、そういうわけじゃないですけど」  俺達は互いに探り探りで、お互いの意見を聞き出そうとしている。  針谷会長が俺を好きでも嫌いでも、どうってことないはずだ。なのにどうして、こうも慎重に会話を進めなければならないのか。俺らしくない。 「恋人役は四日間だけですよね。今ここで好きだなんだ言っても、五日目には恋人解消でしょ」 「まあ、そうだな」 「それとも、延長戦にします?」 「そんなに嫌そうに言われて、すると思うか?」 「気持ちを汲んでいただき、大変光栄です」  俺は頬杖をついて、会長を視界からシャットアウトする。 「俺は今でも、会長と北原様がくっつけばいいと思っています。あるいは湿生園先輩。久下先輩でも美味しい。生徒会役員は全員アリですわ……しかし、俺はない。絶対ない」 「絶対ってことはないだろ。万が一って言葉があってだな」 「絶対ないですよ。自分で言うのも難ですけど、うるさいし、ゴミクズみたいな性格してますし、髪は青いし」 「なんだ。やけに自分を卑下するじゃないか、珍しい」 「疲れてるからつい本音が出るんですよ」 「へえ」  いかん、興味を持たれてしまっている感じの声を出された。時田くんっていつもそう……墓穴を掘るのが趣味みたいなものなのよね。 「いつもは自分を中心に世界が回っているみたいな態度を取ってくるくせに、内心では自分を卑下してるのか」 「自分を中心に世界が回っていると思ってるのは会長様じゃないですかぁ」 「俺は思ってない」 「俺も思ってないです。まあ、若干根暗気質なのは認めますよ。後輩のメンヘラな一面を見て、存分に引くといいわ」  ベンチに深く腰掛け直して、無意味に遊具を見つめる。会長と目を合わせると気まずいのだ。 「俺だって毎日完璧な生徒会長が出来ているとは思ってない。誰しもネガティブな面はある」 「そんなことないですって。針谷会長は理想の(俺様)生徒会長ですわよ」 「そう思わせているだけだ」  会長がものすごくイケメンなことを言うので、思わず横目で見てしまう。  一歳違うだけでこんなにもしっかりとした回答が出来てしまうものなのか。そしてやはり、そんな出来た会長と真剣なお付き合いするなど到底無理だと思ってしまう俺であった。 「あの、指輪はいつ返せばいいですか」 「返されても困る。記念に取っておけ」 「記念って。なんの記念ですか」 「さあ。仮恋人完遂記念でいいんじゃないか」 「また、適当な……十万円ですよ。もっと大切にしないと」 「指輪に意味を持たせたいなら、俺達が親密な関係になるのが一番手っ取り早いな」 「またそういうこと言う……そういう思わせぶりな言動はねえ、心からお付き合いをしたいなと思える人が出来たときに使うんですよ。俺はそれを壁になったり床になったりして聞きたい」 「お前に言ったっていいだろ。俺の勝手だ」  針谷会長が笑う。残念なことに、一瞬だけときめいてしまった。憎い。その笑顔が憎い。誰かに向けられるはずだった笑顔なのに、手違いで俺に向けられている。  俺がもう少し可愛げのある後輩だったら、このまま会長と付き合ってハッピーエンドなのだろうけど、そうはいかないのが腐男子だ。  針谷会長に習って、俺もにっこりと笑う。 「俺と心からお付き合いをしたいなら、勝手にどうぞ」 「お前といると胸が高鳴るとか、会えないと心が苦しいとか、そういうの一切ないけど。こんな風にずっと話していられるなら、それもいいかもしれないな」 「な、なな……」  俺は固まる。予期せぬ回答続きでものすごく困惑してしまった。あまりにもえげつない返事をノータイムで返してくるから「な」しかし言えねえ。 「なにそれ……なによそれ。つまり、その、俺と真剣交際しちゃうってこと? 若気の至りってやつよ、それ。俺といてもメリットないじゃない。止めときなさいよ、本当に……」 「他にもっといいやつがいるなら、そいつと付き合えばいいし、俺もそうする。けど、そういうやつが何年も現れないなら、その間、お前の近くにいるのは俺だ。それでいいだろう」
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