第1章:東から西へ

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第1章:東から西へ

「あーあ…来ちゃったねぇ…」 天まで届く、岩の壁。 それは、この世界唯一の大陸を分断する、分厚く高い自然の山脈だ。 上を見上げても雲がかかるその壁は、頂上が全く確認できはしない。 大陸の右側は東の国、左側には西の国がある。 しかし真ん中の山脈が2つを分断しているため、右の国と左の国はお互いにどんな場所なのかを知らずに一生を終える。 それは、山脈が海洋にまで続くからだ。 途中で山脈は終わるものの、海の中は海底火山が沢山あり、常に噴き出すマグマが船を近づけさせない。 お互いの国が空想で語り継ぐ隣の国に興味は尽きないけれど。 近くて遠いその国は、いつしか天国にも等しく扱われていった。 そんな天国に挑む人間がここに居た。 「さて。この選択は果たして―――吉と出るか?凶と出るか?」 年若い少女は、凛とした眼差しで壁を見つめた。 「海の成分を多分に含むこの壁は、可視光線の関係で昼日中に一番青が強くなる。ゆえに、海壁(かいへき)とも呼ばれる…… しかしこの、月明かりで淡く光る紺碧の壁が、私は一番好きなんだ」 スラスラと、教科書を読んでいるかのように話すその少女は、夜空を溶かした色を、髪と目に宿していた。 「……私は、貴女の傍に居ます。ずっと…死が別つまで」 隣に膝をつく長身の少女は瞳に決意を宿し、少女を見上げていた。 もうすぐ、数十年に一度の現象が起きる。 不定期なその現象は前回のその前には百年以上も前だった様だ。 「潮が引いてきたね。 あぁ…ほら、見えてきた。 海に沈む、祠が」 指差す方に、確かに祠が見えていた。 「本来ならば、あの祠が上がってくる現象は、海を祀る方々の信仰場所だ。 だからだよね。こんな、世界を揺るがす事実がバレなかったのは」 何故か楽しそうな少女を、青年は痛みを堪えるような眼差しで見詰めた。 彼女は今から命を賭ける。 そして、全てを捨てて、未知の世界へ飛び込むつもりなのだ。 しかしどうしたことか。 彼女からは怯えも悲しみも、怒りも憎しみも……マイナスな感情は感じられなかった。 ただそこには、尽きない興味と好奇心を称えた黒の姫がただ一人だ。 「さぁ行こうか。一緒に来てくれるんだろう?」 振り向かない背中に、少女は恭しく礼をした。 「勿論でございます。夜(ヨル)姫様」
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