第1章

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 カエルの少女は一人の少年に恋をしていた。 名前もどこに住んでいるかもわからないその少年は、必ず毎朝6時にカエル子の住む池の近くを走って通り過ぎる。 カエル子はこの池でたった一人のカエル。 父も母もだいぶ前に死んだ。 カエル子はずっと一人ぼっちで過ごしていた。 人里離れた山奥の池で暮らしているカエル子には、「ニンゲン」はとても珍しくて、毎朝走り去る少年だけがカエル子の中の「ニンゲン」だった。 「ゲロゲロ(お話してみたいな)」 「ゲロゲロ(明日も来るかな)」 「ゲロゲロ(お名前はなんていうんだろう)」 カエル子は一日に何度も少年を思い出しては笑みを零していた。 それを哀れに思った山の神が、カエル子にニンゲンになる魔法をかけていきました。 しかし、山の神は言いました。 「この魔法は口を開けるとそこから漏れてしまうんだ。だから決してしゃべったりしてはいけないよ」 つまり、喋る事はおろか食事を取ることさえできない。 それでも、カエル子は喜んだ。 「彼に会える。彼のことを知りたい」 カエル子は美しい人間の姿になると、彼が現れる時間まで胸を躍らせながら静かに待った。彼は来た。いつもと同じく走って。カエル子は必死で見つからないように少年の後をつけた。  少年は街のパン屋の息子で、毎朝山の上まで涌き水を汲みに行っていたようだ。 少年の名前はショウマというらしい。 カエル子はショウマのことを調べ、それを知るたびに新たな感動と興味が浮かびあがって恋い焦がれた。 整った顔立ちのショウマには不特定多数の女との関係があった。 けれどカエル子にはどうでもよかった。 「私はカエルだもん。もとからショウマ君に近づく権利なんてないんだから」 カエル子は多くは望まない。 けれどできるなら…、 「ショウマ君とお話がしたい…」 叶わぬ願いだった。  ある日、ショウマに女を取られた男達が束になってショウマを取り囲んだ。 「綺麗な顔を潰してやる」 男達は20人を越していた。 ショウマは喧嘩も滅法強い。 襲い掛かる二、三人を軽く殴り飛ばす。 が、多勢に無勢。 すぐに組み敷かれて、タコ殴りにされた。 興奮した男達の暴力はどんどんエスカレートしていく。
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