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朝6時55分。
目覚ましが鳴るまでにはあと5分余裕があったが、俺はいつもこの時間に目覚めてしまう。
体を起こしてカーテンの隙間から覗く低い朝日を見ていると、昨晩の酒がまだ頭の中に残っているのを感じた。
(最悪だ。)
舌打ちしながらベッドから出て、洗面所に向かう。
冷たい床が足の裏に触れるたび、布団の中で暖められていた体が少しずつ冷えていく感覚を得た。
落ち着いてよく見れば、部屋着ではなくスラックスをはいたままで、先日クリーニングから戻ってきたばかりだというのに、しわだらけになっていた。
(ますます最悪だ。)
頭の中でそう呟き、俺は顔を洗った。
ぴりっと冷たい水のお陰で少し頭がはっきりしてくると、鏡の向こう側の自分と目が合う。
今年で30歳。
出身大学で西洋史の講師として働き出して、もう4年になる。
認めたくはないが、確実に年を取っているのだろう。
だんだん前日の疲労が、一晩寝ても解消しなくなってきた。
溜め息をつきながらリビングに戻り、今日の授業で使う資料を整理しようとテーブルに目を向けた途端、視界に花と小鳥の絵で縁取られたカードが目に入った。
「結婚か……。ますます遠くなったな。」
思わず口をついて出た呟きが、カードを送ってきた本人に届くことはない。
ウェディングドレスを着て幸せそうに微笑む女性。
学生時代からずっと好きで、一時期恋人未満の関係にもなったが、結局彼女は手元を離れていった。
(理花のやつ……幸せそうな顔してるな。)
俺が一緒にいたときはこんな顔で笑わなかったのに。
だいたい、こんなカード送りつけられたら、深酒もしたくなるだろ。
こっちはいまだに片思いしてるんだから。
考えれば考えるほど惨めな気分になってくる。
気を取り直してソファーに腰を下ろそうとした時、俺は何年ぶりかぐらいに冷や汗をかいた。
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