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 暗い夜が明ける。  万葉は習慣になっているせいか、セットして置いた目覚まし時計が鳴るより数分早く目を覚ました。  むくりと起き上がって、窓際に行くとカーテンを開ける。  ――眩しい朝の光。  その光を浴びながら、万葉はいつなくスッキリと爽快な気分で朝を迎えた。  ――「新しい」一日が始まる。  昨日までの未練がましい自分はもう居ない。  代わりにいるのは、前向きな自分だ。  万葉は誰も見ていないのを良い事に、クローゼットの扉を鼻歌混じりに開けると、その中から普段はあまり袖を通さない明るい色の服を手にした。 『もう、あなたの中に答えが出ているのでしょう?』  そう石松に指摘された通り、自分の中で答えは出ている。  ――この恋は、おしまい。  久保に送ってもらった日とは異なり、今はとても心静かだ。  ――苛立ちも、悔しさもない。  万葉はアイボリーのパンツに履き替えると、混麻のサマーセーターに袖を通した。 (……別れを心に決めた途端、すっきり目覚めるだなんて皮肉よね。)  独りごちて部屋を出ると、洗面所へ向かう途中で父親とすれ違う。  そして、「おはよう」の挨拶より前に「理事会の事だが」と呼び止められた。 「進藤さんの事、本当に言うつもりか?」  あまりの剣幕に思わずため息が出る。 「……お父さん、顔を見るなり、そんな事?」 「そんな事はなんだ。お前の言動によっては、私が追い詰められると説明しただろう。」 「……はいはい。」 「万葉ッ! 何だ、その態度はッ!」  しかし、万葉は動じる様子もなく、喚く父親の横を擦り抜けると、洗面所へと向かう。 「おい、まだ話は終わっとらんぞッ!」 「こっちだって朝の身支度で急いでるの、後にしてよ。」 「万葉ッ!」  刷り込みされた雛みたいに後を付いてくるのを振り切って洗面所に着くと、万葉は洗顔フォームに手を伸ばした。 「……まだ、何か?」 「言うのか、言わないのか、どっちだと訊いている。それによっては事前に根回しが必要なんだ。」 「久保さんとも約束してるし、言わないわよ。」  蛇口を捻り、水を出すと手の平の上で洗顔フォームを泡立て始める。  すると、父親はあからさまにホッとした顔をした。 「そうか……?」 「ええ、言わないわ。」  父の顔色を鏡越しに見ると、万葉はふわふわの泡を両頬に乗せた。
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