1992年5月30日(土曜)27歳の未亡人は煩悶する。

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「はぁー」お好み焼き店『多笑居(オオワライ)』の女店主、大杉多笑(タエ)は今夜8度目のため息を吐いた。 大きな鉄板がじゅうじゅうと音を立てて熱を放っている。 それを挟んだカウンター席には赤いシャツを着、青々とした坊主頭の男、阿藤暴馬(ボウマ)が座っている。 阿藤暴馬のリスざるのようなデカイ目が下がり、下膨れ気味の顔の中に愛嬌のある笑顔が浮かんだ。 「多笑ちゃん、バリ旨いわ。カス玉最高やな」 阿藤暴馬がハフハフ言いながら、カス玉を頬張る。 13歳も年上の人間を『ちゃん』呼ばわりとは、礼儀知らずにも程がある。 14歳のクソガキが。と文句の一つでも言ってやりたくなる。 が、阿藤暴馬が礼儀知らずなら、多笑は恥知らずだ。 寂しさに負けたか弱き女、と良い風に言って、自分自身を慰めてみても、虚しさが脳内に広がった。  開店前に2階の住居で行った、阿藤暴馬との情事を思い起こすと、心地好い倦怠と絶望的な憂鬱がないまぜになって多笑の胸奥で渦を巻く。 「多笑ちゃん、バリ旨いわ。カス玉」 阿藤暴馬が繰り返す。 14歳の無邪気さ、屈託のない笑顔、たまらなくなる。
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