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以前のような純粋な“秘書になりたい”という気持ちとは少し違う、やや不純な動機も混ざったソレだったが、瞳はそれからまた勉強を始めだした。
以前のようにまた生き生きとしだした瞳に里香は首を傾げたが、入社当時を知っているだけあって、温かく見守ることとした。
そんなある日。
その日はあまり来客もなく、フロアは割と静かだった。
夕方、受付業務も終了に近い時間。
ふわりと空気が華やかになり、瞳は伏せ気味にしていた視線をふとあげた。
一人の女性がまっすぐにこちらに向かって歩いてくる。
徐々に近づく彼女の顔がわかるようになると、その雰囲気とまっすぐにこちらを見る目、そしてその整った顔立ちに、目が釘付けになる。
可愛いと単純には言えないその顔は、綺麗だけとも言いがたく、絵にかいたような、またはお人形のような、とても一言では言い表せない。
ドキドキと鳴る心臓に、瞳は再び、一目惚れという感覚を体験した。
「あの、桜正弘に、届けに来たのですが、」
受付に3人座った真ん中の瞳をまっすぐ見た彼女は、よく通る声でそう言った。
瞳はその声に、思わず目を見開き固まって、自分の顔が赤くなるのがわかった。
瞬きをして、本来なら訪ねてきた相手の名前を確認しなくてはいけないのだが、慌てた為に言われた名前の秘書室へと連絡を取る。
『専務はすぐそちらに向かうということでした。お待ちいただくようお願いいたします』
秘書の言葉に頷いて、目の前の彼女に、近くのイスを示しながら待ってもらうように促す。
あぁ、あの女性と話をしてみたい。
視線をそらすことができなかった。
それから本当にすぐ颯爽と現れたあこがれの男は、今まで見たことのない甘い笑顔で訪ねてきた彼女に駆け寄った。
「とも、悪かったね」
彼女はともというのか。
あこがれの桜が親しげに話す姿は、瞳の心をちくちくと刺し、たった今、同姓の彼女に一目ぼれのような感覚に陥った気持ちはまた、桜と話す姿に締め付けられる。
・・・カナワナイ
本能がそう感じた。
それは特に敵対しているわけではないが、桜に対する彼女への敵わないと、自分の気持ちはきっと届かないという事の叶わない、そして、初めて会った彼女に近付きたいと感じた叶わない。
瞳はその日、人生で初めて喪心した。
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