第3章

3/4
67人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
以前のような純粋な“秘書になりたい”という気持ちとは少し違う、やや不純な動機も混ざったソレだったが、瞳はそれからまた勉強を始めだした。 以前のようにまた生き生きとしだした瞳に里香は首を傾げたが、入社当時を知っているだけあって、温かく見守ることとした。 そんなある日。 その日はあまり来客もなく、フロアは割と静かだった。 夕方、受付業務も終了に近い時間。 ふわりと空気が華やかになり、瞳は伏せ気味にしていた視線をふとあげた。 一人の女性がまっすぐにこちらに向かって歩いてくる。 徐々に近づく彼女の顔がわかるようになると、その雰囲気とまっすぐにこちらを見る目、そしてその整った顔立ちに、目が釘付けになる。 可愛いと単純には言えないその顔は、綺麗だけとも言いがたく、絵にかいたような、またはお人形のような、とても一言では言い表せない。 ドキドキと鳴る心臓に、瞳は再び、一目惚れという感覚を体験した。 「あの、桜正弘に、届けに来たのですが、」 受付に3人座った真ん中の瞳をまっすぐ見た彼女は、よく通る声でそう言った。 瞳はその声に、思わず目を見開き固まって、自分の顔が赤くなるのがわかった。 瞬きをして、本来なら訪ねてきた相手の名前を確認しなくてはいけないのだが、慌てた為に言われた名前の秘書室へと連絡を取る。 『専務はすぐそちらに向かうということでした。お待ちいただくようお願いいたします』 秘書の言葉に頷いて、目の前の彼女に、近くのイスを示しながら待ってもらうように促す。 あぁ、あの女性と話をしてみたい。 視線をそらすことができなかった。 それから本当にすぐ颯爽と現れたあこがれの男は、今まで見たことのない甘い笑顔で訪ねてきた彼女に駆け寄った。 「とも、悪かったね」 彼女はともというのか。 あこがれの桜が親しげに話す姿は、瞳の心をちくちくと刺し、たった今、同姓の彼女に一目ぼれのような感覚に陥った気持ちはまた、桜と話す姿に締め付けられる。 ・・・カナワナイ 本能がそう感じた。 それは特に敵対しているわけではないが、桜に対する彼女への敵わないと、自分の気持ちはきっと届かないという事の叶わない、そして、初めて会った彼女に近付きたいと感じた叶わない。 瞳はその日、人生で初めて喪心した。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!