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高瀬家の家政婦として迎え入れられるまでは、構ってくれる友人がいなくても平気だった。人の気配が恋しいだなんて、一人の時間が淋しいだなんて感じた事など無かった。
ただ一人の生活に戻っただけの事なのに、今は一人で夜を過ごすのが怖い。
一時でも悲しみを忘れさせてくれる、気を紛らわせてくれる誰かが必要で、ただ側に居て欲しい。
毎日鳴らない携帯を見つめ連絡を待ち続けていると、悲観的な感情が渦巻いて気が狂いそうになる。
本心では先生からの連絡を待ち、先生との復縁を望みながらも、流されるままに私は深津さんを利用している。
一人にならないための『保険』を掛けている。――さり気無く側に居てくれる、友達以上恋人未満の都合の良い曖昧な関係を、今は手放すことが出来ない。
「……一昨日、杏奈さんにメールしたの。凄く迷ったんだけど、私を喜んで迎え入れてくれて凄く良くして貰ったのに、杏奈さんに何も挨拶無しで先生の所を飛び出しちゃったから…」
過ぎ行く街並みを見つめ、不意に言葉を零した。
「……そうか。それで、そのお姉さんは何て?」
「……来ないの、返事が。先生からだけじゃ無い。杏奈さんも何も言ってくれないの。友人としても、私なんてもう要らなくなっちゃったのかな…」
込み合う車と忙しく行き交う人々に視線を置いたまま、涙を堪える私は微かに声を震わせる。
「……」
悲しみに満ちた沈黙が降り下りる。背中に感じるのは、掛ける言葉を見つけられないでいる憐みの視線。
「……私、咲菜ちゃんにも何も言ってない。あの子との約束も守ってあげられなかった…」
「約束?」
「茶屋ヶ坂公園に紫陽花を見に行く約束。公園で日向ぼっこしてる猫も見に行こうって約束したのに…紫陽花、もう枯れちゃった。
…咲菜ちゃんも、嘘つきな私の事なんて嫌いになってるよね?」
耐え切れず、涙声が途切れ途切れに零れて行く。
「安藤を嫌うなんて…そんな筈ないだろ?…考えるのはやめよう。こんな調子のまま出勤したら、仕事にまで支障が出るだろ?夜になったら、気の済むまで俺に吐き出せばいいから……」
深津さんは間を置いた後、心苦しそうな声でそう言って私の手を握る。
終わりの見えない暗闇に差し伸べてくれる、たった一つの温かい手を握り返し、私は零れ落ちそうな涙を必死に堪えていた。
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