第1章

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俺はそのときの菜月を見て衝撃を受けた。 俺のことを覚えていない菜月。 笑顔を失った菜月。 なんとかしたくて、妹のように思っていた菜月の笑顔をもう一度見たくて、書庫にこもり、小学校もサッカーもサボり、難しい本をいくつも読み漁った。 そこで、ある法則に気がついた。 負の力の使い手はいつも、竜神の会の中にいた。 正気道会は、竜神の会を率いている使い手しか知らなかった。 しかし、今回は『気』の探査装置の開発のおかげで、竜神の会に出会う前の、幼い菜月を見つけることができた。 まだ、偏った正義という名の悪に取り込まれていない、純粋無垢な菜月を。 それならば、菜月を抹殺する必要などない。 悪に染まらないように、竜神の会に奪われないように、菜月を大切に守っていけばいい。 ただそれだけでいいんだ。 俺は希望の光を見つけてみんなを説得した。 それを聞いた大人たちも、その表情に生気を取り戻し始めた。 本当のところ誰もが幼くかわいい菜月の命を奪いたくはなかったのだ。 「智樹の案にかけてみよう。過去の慣例に縛られている私たちは愚かなのかもしれない。新しい気を、次代を担う智樹がこの正気道会に流そうとしているのだから」 家元はそう言って俺に微笑んだ。そのときの誇らしげな顔は今も忘れない。 親父に認められたという、俺の中の喜びも。 それから、俺はサボっていた『気』の鍛錬に力を入れて、その後組まれた菜月の護衛シフトに、中学生になってやっと入れてもらえたんだ。 そうやってずっと大切に守ってきたのに、菜月を奪われてしまった。 いったい菜月はどこにいるんだ! 怒りに震える心で暖炉の上の紋章を穴が開くほど睨んだ。 ふと視線を落としてその不自然さに気がついた。 暖炉の中は普通すすで真っ黒なはずだ。 それなのにそこは、黒い色で覆われてはいるが、きれいな状態で、手で側面をこすってみたが、すすは一切ついていなかった。 飾りのように薪が3本重ねられてはいるが、燃え残りの炭は全くなかった。
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