第1章

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どのくらいの時間がたったのか、あたしはふと、重い頭を上げた。 いつのまにか、部屋の中には誰もいなくなっていた。 腫れぼったい瞼を閉じると、智樹さんの顔が浮かぶ。はにかんだ優しい笑顔の智樹さんが。 ぼんやりと、東条先生の言葉が蘇る。 『真実を知った君をやつらが生かしておくとは思えないがね』 こんなあたしを今すぐ消して欲しかった。 大好きな智樹さんにそうしてもらえるなら本望だった。 短いけれど、鷹司家で過分の幸せな日々を過ごさせてもらった。それだけでもう、思い残すことは何も無い。 これまでの16年間にも思いを馳せた。 こんなあたしを父さんは男手一つで大切に育ててくれた。 自分の愛する妻の命を奪ったというのに。 あんな恐ろしい力を持ってしまったというのに。 それなのに、惜しみない愛情を注いでくれた。 枯れたと思った涙がまた込みあげた。 父さんに対する感謝の気持ちとともに、申し訳なさでいっぱいになり、早く側にいって謝りたいと思った。 どうして父さんはあたしを鷹司家に嫁がせたのだろう。 そして、どうして智樹さんは受け入れてくれたのだろう。 命を奪う前の罪滅ぼし?あたしの命なんて、さっさと奪ってしまえばよかったのに。 智樹さんをこんなにも好きになる前に、そうしてくれれば良かったのに。 胸がきゅうっと苦しくなって、両手で押さえた。 あの日、あたしに全てを話すと智樹さんは言っていた。隠し通すことはできないと。 きっと、このことだったんだ。 正気道会の本当の役割は、負の力の使い手を抹殺すること。 そして、そうしてきた。 それをあの優しい智樹さんは背負っていかなければいけない。なんて、つらく哀しい責務なんだろう。 あたしは自分の身を呪った。 あたしが現れたせいで、智樹さんは重圧を感じたに違いない。 あのきれいな手をあたしなんかのために汚さなければならないなんて。
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