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「ええー、いきなり何ですか!?」 「そのガトーショコラの作り方を伝授してあげるわよ」 「ムリです。 むりむりむりむりむり」 「簡単よ。 道具は揃ってるからここで作ったらいいし」 「そうじゃなくて」 突然の提案に驚いたが、それ以上に私が朱理くんにバレンタインのチョコレートを渡しているところなんて想像もできない。 「私、今までバレンタインなんてやったことない」 「それも簡単よ。 ただ渡すだけだもの 告白したり誘惑したりするのに比べれば、ずっと簡単」 「誘惑って」 香さん、まるで咲みたいなこと言うなあ。 それともこう見えて実は百戦錬磨の肉食女子なのだろうか。 「そうと決まれば」 「決まってません」 「好きなんでしょ? その彼のこと」 「うーん」 好き、なんだろうか。 朱理くんの笑顔には魅かれるし、もっと話をしてみたいとは思うけど。 「まあ、どっちでもいいわ」 それはよくないと思う。 「本当に無理です。 香さんは簡単でも、私には渡すのも無理です」 「ふうむ」 香さんが考え込んだところを見ると、この言葉には説得力があったようだ。 我ながら悲しいことではあるけど。 だけど自分の分の紅茶のカップを手にテーブルに戻って来た香さんは、まるで悪戯を思い付いたかのような顔をしていた。 「マジックの演出だと思えばいいのよ」 「マジックの?」 「一二三ちゃん、マジックをしてる時は本当に魅力的に笑うんだから、その彼にケーキを渡すのもマジックの演技だと思えばいいのよ」 「そんなの思えません」 「じゃあ、いっそのことマジックをしちゃおう。 ほら、何もないお皿にステンレスの蓋被せてから開けたら鶏の丸焼きが出てくるマジックあるじゃない? あれでガトーショコラを出せばいいのよ。 それともガトーショコラは出せない?」 香さんが言うのはダブパンという古典的なステージマジックだ。 お父さんの部屋を漁れば確か道具はあったと思う。 「出せますけど……」 「そうと決まれば本番のを作る前に二回ぐらいは練習で作ってみよう。 あ、マジックの練習は自分でやってね。 ケーキ作りはお店閉めた後だったらいつでもいいわよ。 いつにする?」 「えっと……」 押し切られる形ではあるけど結局私はガトーショコラを作ってみることにした。 想像するだけで心臓が飛び出しそうなほどにドキドキするけど、私は香さんのこの強引さをありがたいなと思った。
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