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たっぷりの衣を纏った串揚げを放り込まれたフライヤーからしゅしゅうと音が上がる。 ぱちぱちというのは火に炙られた網の上のホッケの油が爆ぜる音。 調理の黒い煙と客席のタバコの白い煙。 厨房からカウンター越しに手を伸ばせば、入り口の引き戸が開けてしまうほどの狭い店内。 L字型のカウンターと丸いテーブルが二つ、そのいずれにも椅子はない。 立ち呑み処「イッパイヤッテナ」 父の店だ。 「ひーちゃん、いつものやってよ」 お客さんに声を掛けられた私は道具を手中にカウンターを出ると、テーブル席へと向かう。 「お嬢ちゃん、何を見せてくれるんだい?」 一見らしいお客さんが尋ねる。 私はにっこりとした笑みで応える。 「美味しいお酒とお料理のお供に、少しの不思議はいかがですか?」 乳歯が抜けてしまって、まだちゃんと永久歯が生えてきていない真ん中から二番目の歯のところから空気が漏れて「ふこしのふしし」と聴こえてしまうのがカッコ付かないなあ。 「手品さ、お客さん。 うちの子は天才マジシャンなんだよ」 お父さんが言う。 天才とか恥ずかしいから言わないで欲しい。 まあ自分のマジックの腕に少しは自信があるんだけど。 私は手に持っていたトランプを横方向にずらせて広げる。 「一組のトランプから選んでもらっても、お酒の入ってるお客さまはだいたい憶えててくれないの。 だから今日使うのはこの五枚のトランプだけです」 私はトランプを初めてのお客さんに向ける。 「えっと、この五枚の中から選べばいいのかい?」 「一つを選んで心の中で思ってもらうだけでいいです」 「うん、分かった」 「なんだよ、オレも選びたかったな」 常連のおじさんが言う。 「あ、じゃあ特別にハジメおじさんも選んでもらっていいよ」 「おうよ」 ハジメおじさんはビールを飲み干すと、にこにこしながらトランプを選ぶ。 空のジョッキをテーブルに置くだけの動作でも太い腕の筋肉がもりもりと動くような大きくて怖そうなおじさんだけど、笑う顔は私の同級生と変わらないぐらい幼く見える。
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