第四夜 明け方、四分間のタブー

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 自分の鼻先も分からない暗闇の中から、何かが僕の事をじっと伺っている。僕が耳を澄まして辺りの様子を伺っているのと同じように。  今にも闇のあちこちから無数の腕が伸びて来て、僕の体に掴みかかって来るんじゃないだろうか。  ほら、あそこに。こっちにも。僕をジッと見つめる目が。いや、もしかしたら、闇より尚深い虚ろがポッカリと──。 ─ ── ─── 「……くん……浩幸君。浩幸君、起きて、浩幸君」  肩を揺り動かされて、僕はハッと目を覚ました。 「あ? ああ、義姉さん──」 「随分と良く眠ってたみたいだけど、疲れてるの? 大丈夫?」 「ええ、大丈夫です」  目をこすりながら上体を起こす。眠ったはずなのに、頭の芯にジンとした痺れが居座っている気がする。  何だかひどく嫌な夢を見ていたと思うんだけど……内容が抜け落ちている。そして気持ちの悪さだけが残っているのだ。 「それにしても驚いたわ。向こうの部屋にいないんだもの。一瞬どこに行ったのかと思っちゃったわよ」  僕の手からケットを受け取り、義姉は穏やかに笑う。その顔を見ながら、僕はちょとだけ気分が落ち着くのを感じた。 「急に自分の部屋が懐かしくなっちゃって。すみません」  やだ、どうして謝るの、浩幸君の家なのに。と笑う義姉に促されて部屋を出る。  すでに洗濯物の片付けられた浴室でシャワーを使い、にぎやかに夕食のテーブルを囲んでいるうちに、夢の事はすっかり頭のどこかへ押しやられてしまった。  時計が九時十五分を回った頃、じゃそろそろ、と僕は腰を上げた。 「まだ雨降ってるから、自転車も荷物も、うちに置いて行きなさい。明日は大学あるんでしょう?」  夕食の片づけを終えた母が、カーテンの隙間から外の様子を伺いながら僕に声をかけてきた。  まだ降ってるのか。こりゃ、本格的に台風到来か?  明日の朝もう一度実家に寄り、休ませてもらってから大学へ向かう事にして、僕は夜バイトへ。  雨は昼間より勢いを増している。確かにこの降りじゃ、自転車は置いて行くしかないな。自宅アパートから向かうよりも少々時間を食うけど、無理をしてビショ濡れになるよりもマシだ。  アスファルトに溜まる雨水を跳ね上げながら店に着いたのは、それでも予定していた時間よりも幾分か早かった。 「おはようございます」  たたんだ傘を振って雨粒を飛ばすと、店内に設えられた傘立てに突っ込んだ。
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