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「うん? ああ、そうだよ。ちょうど川が潜る辺りにあるお店」
新しく淹れたコーヒーに砂糖を投入しながら、僕は答えた。
「あの辺りって確か、変な噂があったんじゃなかったかしら?」
あごの先に指を当てて首を傾げながら、ねえ涼子さん、聞いた事なぁい? などと義姉に声をかけていた。
「何だよ、変な噂って?」
せんべいの塊を噛み砕き、コーヒーと一緒に飲み下す。
台所での用事が済んだのか、義姉が二人分のコーヒーを持って加わった。
「噂って、あれですか? 雨の日の夜には、│川縁≪かわべり」に出るって話」
母の前にカップを置くと、自分のカップを持って兄貴の隣に座る。
「ああ、何かそれ聞いた事があるな。高校ン時に有名になったよ。浩幸のバイト先って、そこらへんなのか」
「何の話だよ? 全然分かんないし」
僕一人だけ取り残されてる気分だ。
機嫌が悪くなりかけているのを察したのか、母がまあまあとなだめにかかる。
「もう三、四十年ぐらい前になるかしらね。あの辺りって、工事して│暗渠≪あんきょ≫になる前はカーブになってたでしょ? あそこだけ急に深くなってたし」
「だから工事の時、水深の差を利用して暗渠にしたんだろ?」
「そうなのよ。あの川はね、長雨、大雨の時期には良く氾濫したの。周辺ではかなりの被害が出てね。一気に増えた川の水が、カーブの部分に流れ込んでくるから、耐え切れなくなって決壊しちゃうのね」
護岸工事以前のこの町が、たびたび水害に悩まされてきた事は、小学生の時の授業で教わった記憶がある。亡くなった人の数も半端じゃなかったって。
「だからあの辺りは遊水地として利用されてたんだよ。民家を建てないようにしてね。川の事故や増水で亡くなった方のために『川│施餓鬼≪せがき≫』もやってたのよ。でも整備が始まってからは、そんな事もしなくなっちゃったし」
バイト先のコンビニも含めてあの辺りは、暗渠が完成した後で開発された土地なのか。元々が遊水地利用されていた場所だから、常に湿っているのように感じるのかも知れない。
「その頃からかしらね、妙な噂が聞かれるようになったのは」
一旦言葉を切って、コーヒーを口に含む。
いや、だから。その『妙な噂』ってのを知りたいんだけど。
「ええっと、確か──『雨の夜は川から死者が這い上がって来る』だっけ?」
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