第1章 #3

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 架空の受付嬢は、懇切丁寧な説明と指示を恭しくも柔和な声音で流暢に紡いだ。 『ようこそいらっしゃいませ。インダーウェルトセイン無料充電端末装置を御利用頂き誠に有難う御座います……。充電方法の詳しい説明が必要な方はパネルの操作説明と言う項目を指でタッチして下さい……、その他説明が不要な方は、プラグを御自分のヘッドギア端末に接続して頂き、個人情報認証の間暫し御待ち下さい……』  普段なら何事も無い日常の些末な所作に過ぎない筈なのだが、今日に限って青年は一種の違和感を覚えた。 (既に自分のヘッドギア端末と充電装置の端末は接続されている筈なのに、一向に認証作業も充電も開始されない様だが……? 本来なら物の数分と掛からない筈なのに、何故……)  自身のヘッドギアの不具合か、それとも充電端末の故障か何かなのか? 画面上の受付嬢は姿勢を硬直させた侭、同内容の事務的な台詞をプログラム通り何度と無く反復している。その反復は、言葉の意味を理解せず人間の台詞だけを無感情に物真似する鸚鵡を彷彿とさせ、どこか滑稽なせいか益々青年の苛立ちを募らせた。  所詮はデジタルの幻影か。青年は不測の事態に惑乱し、無闇矢鱈にパネル上へ表示されているボタン類を押し続けて見る。しかし、案の定端末は一向に無反応な侭だった。 「なあ、どうかしたのか?」 「まだ終わらないのか?」  背後から誰何され焦燥感を募らせた侭振り向くと、後方では既に想像以上の人数が立ち並び長蛇の列を成していた。青年は困惑を隠さず、助け舟を求めようと後方の列に陳情する。 「す、すいません。でもこれ、幾等押しても動かなくて……。全然使えないんですよ」  するとその返事を皮切りに、青年の両隣からも同様のやり取りが起き始めた。現在先頭として端末を使用している筈の者達が機械の不調を前に動揺し、痺れを切らした後続の者達から訝しんだ声を掛けられている。 「何をもたもたしているんだ?」 「後ろが痞えてんるだけどねえ、君」  青年の横目に位置する先頭のビジネスマンも矢張り同様で、縋る様に後列の者達へと申し開きを繰り返していた。 「私が悪いんじゃない。明らかに今、この機械がおかしいんだ。嘘だと思うなら先にやってみてくれ」
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